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「あ、いや、そうじゃ、いや」したい。この期に及んでまだ、香奈を目の前にして、欲望には火がついていた。風邪で辛そうにしているのが、香奈が少し弱気な感じなのが、おれの心を騒がせる。会えば、できる。そんな最低で最悪な条件反射が、おれの体の中で起こっている。
「……ママにはちょっと風に当たってくるって言って出てきたから、あんまり遅くなるとまずい」つぶやくように小さな声で香奈は言う。するなら、早くしよう。こんな恥ずかしくて仕方ないだろう言葉を、香奈は、おれのために、口にしてくれている。
「香奈に伝えないといけないことがある」
香奈の肩が、震えた。多分、見間違えじゃない。
「……それ、どうしても聞かないといけないこと?」
「ああ」
「……そっか」香奈が俯いた。
いよいよ、言わなければいけない。
「……学校で、噂が広がってる」
「え?」香奈の目が大きく開く。
「おれがエッチしないと死ぬ病気で、おれが、死にそうになって、死にたくないから、香奈をレイプしようとした」
「え?」香奈の顔が、凍りつく。
「香奈は、おれのことを哀れんでかばって、黙ったままでいる。そういう噂が、広がっている」
香奈がマスクの上から、右手で自分の口を押さえた。
「病院でのことを、誰か学校の奴に聞かれた可能性がある。市内で一番大きい病院がT大病院なんだから、学校の奴が来てる可能性は当然あったんだ。気付かなかったおれが馬鹿だった。もっと気をつけるべきだった」
そこまで言って、正座のまま、両手を前についた。
「ごめん」
おれはそのまま、頭を下げた。土下座をした。
「嘘、でしょ?」マスクの奥から、香奈のかすれた声が漏れる。
一度頭を上げ、応えた。
「残念ながら、本当だ」
そしてまた頭を下げた。
「本当にごめん」
「やめてよ、コウシ」香奈がおれの側にやって来て、両手で肩を押しておれの頭を起こした。
「こないだ病院でしようって言ったのはわたしだよ。土日都合悪いからって、無理言ったのわたしだよ。わたしが、悪いんだよ」
「お前が悪いわけ、ないだろう」
目の前の香奈の顔を見たら、涙が溢れてきた。
「泣くな。男だろ」
香奈が微笑んだ。
鼻を啜り、きつく両目を閉じて、深呼吸をして、まぶたを開いた。
「ああ。泣かない」
「よし」香奈がまた笑いかけてくれる。
香奈、お前は、強いよ。
「こっから作戦会議だ」
「うん」香奈がおれの隣に座り直す。
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