第2章

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「はい、渡辺です。山井くん?」 「あ、どうも。山井です。すみません、お忙しいところ」 「どうしたの? 元気?」 「あ、はい、おかげさまで」こうしている今も殴られた腹が痛かったけれど。 「実は言い忘れてたんですけど、先週検査入院してる時に、三〇二号室の前の廊下で筆箱拾ったんですよ。中を見たらうちの高校のバッジが入ってたんで、同じ学校の奴のだと思うんですけど」何もかもまったくのでまかせである。 「君のお見舞いに来た子たちのじゃないの?」 「おれもそう思って持って帰ったんですけど、皆に違うって言われちゃって。あの日、うちの高校の生徒がでそちらに行ってた人いませんか? 患者さんとか見舞いとかで」 「うーん、どうかな? まあそういう事情なら調べておいてあげるよ。かわいい山井くんの頼みだからね。今度また土曜日に来るんだよね。その時までに聞いてみる」プライバシーという概念が浸透していない田舎に住んでいることをありがたく思った。 「すみません。ありがとうございます。わかったらおれの携帯に連絡ください。番号は090‐8766‐****です。よろしくお願いします」  電話を切って、ホッと息を吐いた。運がよければ、噂を流した犯人がわかるかもしれない。後は祈るしかない。犯人がわかった時、自分がどうするのかはわからなかったけれど。   携帯をテーブルの上に置き、大の字に横になった。明日一日休んで、水曜日。同級生たちは、おれをどんな目で見るだろうか。欲望のままに幼馴染に襲い掛かった危険人物。そういう風に見られたまま、おれはあと九ヶ月以上ある高校生活を送らなければならないのだ。  西は、おれをどんな風に見るだろう?   数学を教えてほしいとお願いした、あの日の西を思い出す。あんな目がおれに向けられることは、もう二度とないのだろう。 おれを麻雀に誘ってくれたのは多田だった。堤と栗原を紹介してくれたのは多田だった。先週見舞いに来てくれた友人たちのほとんどを、おれはあっという間に失ってしまったのだろう。 「なんでこんなことに」  口に出してみた。誰もいない居間に、おれの呪詛の言葉が染み渡っていく。 「なんでだよ!」  今度は大声で言ってみた。瞬く間に涙があふれ、頬を伝って座布団に落ちていった。   6月10日(火)  その日は、恐ろしく長い一日だった。
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