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その日は朝から雨だった。久しぶりの雨だった。そういえばもう、梅雨の時期である。
バスを降り、傘をさして学校へと歩く。この日ほど、雨をありがたく思ったことはなかった。肩が濡れようが通り過ぎる車が水を撥ねようが気にならなかった。傘をさしていれば、自分が自分だとはなかなか気付かれない。そこを歩いているのがレイプ犯だとはわからない。傘によって周囲の視線から守られて、どうにかおれは無事に学校まで辿り着く。
玄関で傘を閉じた途端、猛烈な不安に襲われる。傘立てに傘を置き、内履きに履き替える。周囲に人間がいることが、怖い。
できるだけ背を屈めて音を立てないようにして、階段を上り三階へと向かった。三階の廊下には、当然だがあちこちに三年生の姿がある。俯きながら六組の教室を目指す。
「あ、あれってもしかして」
「なんかさ……」
「嘘、マジで?」
「やっぱ、真面目な奴ほどムッツリで色々溜めてるんだなあ」
すれ違う、名前と顔の一致しない同級生たちの小さな声が耳に入る。聞きたくなんかないのに、聴覚だけが異様に敏感になっていた。
「それってレイプみたいなもんじゃね?」
「けど失敗したんでしょ? 本当、無事でよかったよね」
レイプ。
その単語を人の口から初めて聞くのは、やはりショックだった。自分で望んだことではあっても、胸が痛かった。香奈がおれに襲われたけど返り討ちにしたというのはおれの描いたシナリオなのだから、喜ぶべきことだった。香奈か多田か、あるいは二人ともが、うまく事を運んでくれたことに感謝しなければいけないのに。
やっとのことで自分の教室に着き、ドアを開ける。おれが中に入り、教室の後ろを自分の席へ歩き始めると、徐々に教室中が静まっていった。あちこちでかわされていた会話が次々に途切れていく。
「あ」教室中ほどの自分の席に座っていた西が後ろを振り返り、一瞬だけ目が合った。知らず知らず、おれは西の姿を探していたらしい。が、すぐに視線を逸らし、真っ直ぐ自分の席に向かった。多田はおれの方を見ようともせず、自分の席に座ったまま教科書か参考書かを眺めていた。
椅子に腰掛け、机の中から一時間目、世界史の教科書とのノートを取り出した。おととい、学校に置いていったままだったバッグの中から筆箱を出し、机の上に置いた。
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