第2章

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 今日も、隣に香奈の姿はない。今朝、メールをもらっていた。やはりまだ体調がよくないということだった。登校したら、おれたち二人はどんな風に見られるのだろうか。  クラスメイトたちが、チラチラとコソコソと、おれの様子を窺っていた。いくつもの視線がおれに向けられ、逸らされ、また向けられた。おれの席は一番後ろだから、自分の席に普通に座っている奴がおれの顔を見ることはない。自意識過剰で片付けられることではない。皆がおれのことを気にしているのは、逃れようのない事実だった。  けれど、教室という閉じた空間の中だからだろうか。それともクラスメイトゆえの遠慮からだろうか。廊下ですれ違った連中と違ってあの噂に関する会話は聞こえては来なかった。皆黙って、おれに対して汚いものを見るような目を向けるだけだった。  顔を上げて皆の視線を受け止めるのが辛く、世界史の教科書を開いて読み始めた。まだ授業開始まで時間はあるというのに。教師の到着が、待ち遠しかった。   「それではまた明日」担任の高野がそう言って教室を出て行った。 「あー」「やっと終わったー」  帰りのホームルームが終わり、教室のあちこちから解放を喜ぶ声が上がった。だが、最も喜んでいたのはおれに違いない。おれはバッグを手に、すぐさま席を立って教室を後にした。皆よりも先に学校を出たかった。同級生たちに顔を見られることなく学校の外まで辿り着きたかった。  この日は結局、誰とも話すことがなかった。家を出てから、学食でから揚げ丼をおばちゃんに注文した以外は、一言も声を出さなかった。誰も話しかけてこなかった。授業中に教師に当てられることもなかった。もちろん教師の件は関係がないだろうし、そう願いたかった。  階段を下り玄関で内履きからスニーカーに履き替え、傘立てから自分の紺の傘を取る。外ではまだ雨が降っている。傘を広げた。これでもう大丈夫だ。そう思った時、後ろで声がした。 「山井くん」そこには、肩で息をした、少し眼鏡のずり落ちた、西が立っていた。急いで来たのだろうか。おれを追いかけてきたのだろうか。階段を駆け下りる西を想像して、西の胸が揺れる様を想像した。 「バス停まで一緒に帰っていい?」  おれは返事をしなかった。けど、断りもしなかった。西は素早く外履きのスニーカーを履き、傘立てからピンクの傘を取った。西が傘を広げるのを待って、おれは歩き出した。
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