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「そんな、まさか、嫌じゃない嫌なわけない。けどやっぱりダメだよ。いくらなんでもそれじゃ、おれ、ひどすぎるよ。おれなんかじゃ、あの西さん」
「はい?」
「自分のこと、もっと大事にした方がいいと、思います。たぶん」回らない舌で、どうにか、言った。
「……ふふ。山井くん、やっぱりいい人なんですね。わたしの信じた通りでした。やっぱり、信じたわたしが正解でした」
「えーと……」
「とりあえず納得しましたけど、本当に死ぬくらいなら、わたしのこと、好きにしていいです。だから、絶対に死なないでください。約束してください」
「あ、はい。約束します」西の勢いに押されておれは頷く。
「約束ですよ」西が右手の小指を差し出した。
おれも黙ってそれに倣った。小指と小指を絡めた。
「約束破ったら針千本です。死んでても飲ませます」
「はい」
小指が、解けた。
「それじゃ、行きましょうか」
呆けているおれよりも先に、西がテーブルの上の伝票を持って部屋を出た。
「あ、ああ」慌てて後に続いた。
もしかして西って、とんでもなくすごい女なんじゃないだろうか。
どちらがお金を出すかという果てしない押し問答の末、不機嫌そうなレジのおばさんに割り勘でお代を支払い、おれたちはカラオケ店を出た。
雨はまだ降っていた。色さえもわからない暗い重い空の下に、T大病院の白い建物が微かに見えた。そう言えば、ここから近いんだったな。
「そろそろ帰りますか」西がピンクの傘を開いた。
携帯電話で時間を確認した。五時半を過ぎていた。腹も空いた。どこかで夕食でも、と誘おうかと一瞬だけ思ったが、やめておいた。
「そうだね」おれも傘を開いて、歩き出した。
一時間半ほど前に歩いた道を戻る。空は既にかなり暗くなっていたが、田舎資本の小さな店ではあっても、ゲームセンターや映画館や飲み屋の並ぶ通りは照明に照らされていてまだ明るい。隣の車道を、家路を急いでいるのだろう車が次から次にすごいスピードで走り抜けていく。
隣を歩く西をチラチラと見ながら足を動かした。デートみたいだ。っていうか、こういうのって、デートっていうんじゃないか?
改めてそのことに気付いた。恥ずかしさと嬉しさで、胸が詰まりそうになった。
「うん?」
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