第1章

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 声を掛けてみた。水の中に声が聞こえるとは思わなかったが、冬樹の体がピクリと震えた。ゴボゴボと口から泡が出ていた。 「友秋」  冬樹の声が聞こえた気がした。 「呼び捨てにするな、友秋兄だろ!」  つい昔の癖で、言い返してしまった。冬樹の目が開いた。周囲を見て、俺を見つめる。 「水を抜く」  北見が機械の操作を行ってくれた。正確には水ではなく、羊水に近いものらしいが、見た目は水であった。  水を抜き切る前に、容器を開け、冬樹を出してやった。 「ここはどこ?俺は死んでいないの?」  不安な冬樹の表情を見ると、心が締め付けられて涙が落ち続けていた。  俺は、冬樹の体を温めながら、長い長い説明を行った。最後に、冬樹の体の説明をすると、それは冬樹自身が知っていた。意識を失う前に、既に今より酷い状況だったのだそうだ。 「こっちが」  北見の紹介をしようとすると、冬樹は北見を覚えていた。 「丘の上のぼっちゃんの、すばるだろ」  昔、北見の家は丘の上だった。その土地には珍しい、古い洋館を模写したもので、ひどく目だっていた。 「義肢の専門家で、志木森の研究員。冬樹の手足を作ってもらった。俺は、手足の神経を機械に繋げてみる。自由に歩け、冬樹」  華菜が目だって天才だったせいで、冬樹の影は薄かったが、一歳年下のこの弟も一芸卒業していた。分野は、絵画。だから、もう一度、絵を描ける腕を造ってやりたいのだ。 「信じているよ、友秋」  冬樹、年が近かったせいで、俺を呼び捨てにしていた。俺の成長が止まっているせいで、見た目も逆転している。  北見が、機械を付け、神経伝達の強さを測定する。  俺は、兄に連絡して、冬樹と一緒に生活したいと申し出た。答えはノーで、俺に護衛が付いていることを指摘した。  北見が出入り可能な、軍部の一般病棟には移してくれると、春喜は約束し、リハビリで冬樹が動けるようになると言ったら、電話の向こうで泣いていた。 「その電話は、春喜兄さんだよね、代わって」  冬樹は春喜と何か話すと、朗らかに笑っていた。この状況で、笑顔を忘れなかった冬樹は強い。俺は、ボロボロと涙を流し、止まらなくなっていた。 「泣かない、友秋」  冬樹、北見の義手を動かし、俺の涙を拭おうとしたと思われるが、思いっきり殴り飛ばされていた。 「ごめん、まだ操作できないや」
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