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それは2年前の事だった。
「元気でね」
「えっ?」
「2月にね。シドニーへ行くの」と響子はレストランで告げた。
「シドニーって、オーストラリアへ?」
「そうよ」
「急だね」
「ええ。プロポーズを受けたの」
「シドニーの人から?」
「ううん。角長丸商事に勤める営業マン。一緒に連いて来て欲しいって」
「そうなのか。おめでとう」
寛司にはそれしか言えなかった。
響子とはBARで知り合った。彼女は毎週ではないが、いつも土曜日の深夜に現れた。
映画と東野圭吾の本で意気投合した。いつしか時を忘れて語り合い、夜明けに帰る事もしばしば有った。
映画も観た。食事もした。だが、男と女の関係には踏み込まなかった。
そこに敢えて踏み込まないのは暗黙の了解と寛司は考えていた。
だが、半年後に響子は、ついに切り出した。
「あなたは、いつまでも奥さんを忘れられない。私は三十になるのよ」
そう言って響子は寛司を睨んだのだ。
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