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「ただいま」
寛司は妻の遺影に向かって声をかける。いつもの事だ。
『おかえり』
寛司にだけ聞こえる妻の声だった。
コートを脱ぎハンガーに掛ける。
タバコを取りだそうとして通勤定期カードの無いことに気づいた。
駅を出たのだから、それまでは持っていた筈だ。
駅から自宅までの経路のどこかで落としたのだ。
翌朝、寛司は交番を訪ねた。
「ええ。届いていますよ」
それは意外なほど早くに見つかった。
「あの……どこに落ちていましたか?」
「ほら、そこの横断歩道ですよ。昨日の深夜に工事をやってたでしょう。誘導員が届けてくれたのです」
「あの……何という方ですか?」
「待って下さい。えーと、名前は美山あかねさんですね」
「えっ? あかねって……女性なんですか? さっきは誘導員の方がと」
「はははっ……今時は女性の誘導員なんて珍しくないですよ」
寛司はメモを受け取って礼を述べた。
その足でファミレスへ向かう。土曜日はそこでサービスモーニングを食べるのが習慣になっていた。
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