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一 許嫁
布都斯と下春が三十二歳の秋。
八島野が負傷しため、気比の地の遠征から戻った布都斯たちは青幡の佐久佐比古の館に逗留した。
その二日後の昼。
小雨の中を、一甫が真一と余部親子を同道し、騎馬隊をひきいて出雲にもどった。
その日の午後。
一甫たちは青幡の佐久佐比古の館に逗留した布都斯の家族とともに、須我政庁の館に入り、ただちに、出雲の主だった上々が政庁に集められた。
夕刻。
若狭は夕餉の手伝いを稲に頼まれ、下屋から、蒸した黍の入った鉢を広間の炉のそばへ運んだ。
「布都斯様たちはどこにいるのですか?何してるんでしょう?」
八島野に問う若狭の指先で、黍がつぎつぎに団子になっている。
「拝殿だよ。上集えの準備をしてるんだ」
若狭を手伝って団子を作りながら、八島野が答えた。四歳の布留も八島野の横で団子を作っている。他の妹や弟は若狭が気になるらしく、八島野たちに近寄ってこない。
拝殿の布都斯たちは上集えをどう進めるか打ち合わせているのだが、八島野には、ただ単に布都斯たちが上集えの準備をしているとしか見えなかった。
「布都斯様が、他国から攻めこまれない国を造って、民が豊かに暮らせるようにしていると言ったことは、本当ですか?」
話しながら若狭は団子を皿に乗せた。
「父上はそうしてるよ。俺もそう思うよ」
「布都斯様たちは皆、どのようにして暮らしてるんですか?」
「米や穀物を作ってるよ」
八島野も作った団子を皿に乗せている。
「租を集めないのですか?」
「何のこと?」
八島野は若狭を見ずに、団子を作っている。
「民が長に貢物をするでしょう・・・」
若狭は手を止めて八島野を見つめた。
「そんなこと、しないよ・・・」
八島野は皿に団子を乗せる己の手元を見たまま、若狭を見ずに言った。
「なら、兵はどのようにして暮らしてるんですか?」
八島野が顔をあげた。
「みんな、自分たちの田畑で米や穀物を作ってるよ。狩りも漁もするよ。だけど、海辺を守る兵の分は、大倭のみんなが持ちよるんだ」
若狭の目を見て、わかるようにゆっくり言った。
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