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その時、門に一騎が駆け込んだ。騎手は短甲を身につけた兵士である。布都斯ふつしは振りあげた鉞を降ろした。
「騎兵だ!海辺の兵士だ。どこから来たんだろう?」
八島野が若狭にそう言った。
鞍から飛び降りた兵士は馬屋に馬をつなぎ、八島野と若狭にお辞儀しながら布都斯と狛手に駆けよった。
「布都斯様。ただいま、真一様の村からもどりました」
兵士は地面に片膝ついて布都斯と狛手にあいさつした。
「ご苦労だった。そのままでは脚が冷える。そこに腰かけろ」
兵士をねぎらい、布都斯は鉞を置いて、小春陽を浴びる丸太の一つを示した。
狛手も鉞を置いた。
「はいっ」
「久幣臥に異変は?」
兵士は丸太に腰掛けて話しはじめた。
「真一様によれば、気比と蘇都裳たちは久幣臥の地まで戍と烽を築きました。
久幣臥の地にはいるや、気比たちは久幣臥の手下に捕われ、久幣臥の宮に連行されました。久幣臥は気比に戍と烽を築く訳を聞いただけで、危害を加えなかった由にございます。
気比は、大倭に従うよう久幣臥を説得したのですが、これまでの猟場魚場の争いがあり、説得できませんでした。
気比は、今後も交渉に来ると食い下がったのですが、久幣臥は、ふたたび久幣臥の地にはいれば、生きては帰さぬと言って、気比たちを追い返した由にございます・・・」
「怪我はなかったか?」
「皆、無傷にございまする。戍と烽を築く訳を聞いただけにございまする・・・」
「気比は久幣臥に、大倭の民の暮らしを教えたか?」
「はい。くわしく教えた由に」
「そうか・・・。ご苦労だった。郷へ帰って、ゆっくり休め」
「はっ」
兵士は丸太から降りて地面に片膝ついてお辞儀した。立ち上がると八島野と若狭にお辞儀しながら二人の前を小走りに馬屋へむかった。
兵士の騎馬が門へ歩くと、狛手は鉞を取った。
「久幣臥の地を大倭に組みいれるのは難航しそうですね」
「そうでもなかろう・・・」
布都斯は鉞を取り、立てたままになっている丸太を見ている。
「なぜにございまする?」
狛手は布都斯の言葉に疑問を抱いた。
「久幣臥は大倭を知りたがっている。興味があるからだ。いずれ、大倭に従う・・・」
「そうですか・・・」
狛手は、横に敷いた丸太の上で割れたままになっている薪を片付けると、新たな丸太を立てた。狛手は布都斯が何を言いたいのか、わからぬようだった。
久幣臥が大倭に従う時が早まれば、若狭は三年を経ずに気比の郷へ帰ってしまう。
若狭も八島野もそう思っていた。
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