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六 交渉
布都斯と《したはる》下春は三十三歳、八島野は十三歳、布留は《ふる》五歳になった。
その年の春。
鹿の子斑に雪が残る山々に、こぶしの花が咲いた。
気比は久幣臥に使者を走らせるため、二人の郷人と祖都裳を館に呼んだ。妻と子供たちは実家がある出石の郷へ行ったままで、館は気比に仕える二人の男と気比しかいない。静かである。
「久幣臥の宮がある浦に、使いに出てくれ」
「待て。使いが行っても久幣臥は会わぬだろう。使いを殺めるやも知れぬぞ」
祖都裳が警戒している。
「そうだったな・・・。いったい、どうすれば良い?」
無理に会いに行けば、久幣臥は戦をしかける。戦になれば、大倭が出兵する。何とかせねばならぬ。どうしたら良いか・・・。
気比は困った。思いだけがからまわりしている。
蘇都裳は、布都斯が大倭の軍勢を見せつけて気比を説得したのを思いだした。
「布都斯様は、毎年の夏、この地に遠征すると言った。我らが大倭の軍船を見て従ったように、大倭の軍船を見せて、久幣臥を説得すれば良いではないか?」
「久幣臥の地まで遠征してくれるだろうか?」
「頼んでみなければわからぬ・・・」
「頼んでくれぬか?」
「お前は、いつまで王のつもりでいるのだ!己が頼め!」
祖都裳は強い口調で言った。
「わかった・・・。真一に話して、大倭へ知らせてもらう」
気比は蘇都裳たちを残したまま家を出て、真一の村へ歩いた。
気比は布都斯の名を口にせず代りに大倭と言った。己は何もできぬのに、人に頭を下げたくないのだ。この場におよんで、まだ王を気どる気比の小心ぶりに、祖都裳はあきれた。
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