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半日あまりかけて半島をまわり、気比たちが最後に築いた烽から五里あまり離れた、大きな浦に着いた。
浦は大きな砂州で囲まれた天然の大きな津になっていた。出雲の夜見ヶ浜と中海の位置関係に似て、浦を囲んで集落がいくつか点在して、百戸ほどの郷を成している。
気比と祖都裳の一行は周囲を紅葉に彩られた浦を見おろす、高台の大きな家に入れられ、食い物を出された。 気比たちが最後に築いた烽からこの浦まで五里あまりあった。
「食えっ」
焼かれた魚と蒸した粟、干した果物、水に晒した木の実を煉って焼いた物など、客人を待遇するかのようである。
「すぐに、久幣臥様が来る」
「久幣臥は、ここで暮らしているのか?」
「ここは、お前たちを見張るために建てた、久幣臥様の宮だ」
案内した男が言った。
「お前たちのする事は我らに筒抜けだ・・・」
声が聞こえ、脛の長い大きな体躯の男が入ってきた。角ばった顔の頭部は、角が生えたように異様に尖っている。
「・・・お前たちが久美浜に烽を造った時から、お前の地の蝦夷が知らせて来ている。
気比が出雲の王の御子を傷つけた。出雲の兵が気比の郷に来て、娘を人質にし、賦役を課したとだ・・・」
久幣臥の切れ長の眼が、食い物に手を伸ばしていない気比と祖都裳たちを見ている。
「出石の民が知らせたのか?」
気比は妻の仕業だと思った。
気比の支配地の蝦夷の多くが出石の郷の人々である。気比の妻も蝦夷で、実家は出石にある。若狭が布都斯に連れて行かれた直後、妻はこれまでの気比の行いを非難し、四人の子供・若狭の妹と弟を連れて、実家がある出石の郷へ行ったまま、もどっていない。
「そうだ。まあ、食え・・・。それで、気比は俺に何が望みか?」
話しながら、久幣臥は己に用意された食い物をつまんだ。布都斯が気比と祖都裳に課した誓約を、久幣臥は知らぬらしかった。
「実は・・・」
気比はこれまでの経緯を述べた。
「・・・儂は実家へ帰った妻と子たちと、出雲へ連れて行かれた娘を、早く郷に呼びもどしたいのだ」
「・・・出雲が建国して、大倭か・・・」
猟場や漁場をめぐり、これまで気比と久幣臥の争いは絶えない。
久幣臥はしばらく考えこんで言う。
「・・・我らが出雲に従えば、この地は出雲の支配地になる。上の制度があっても、我らの地を奪おうとする気比の立場が、出雲に変わったにすぎぬ」
気比が言う。
「他国に支配されぬよう、布都斯と民が皆で大倭を建国したのだ。
それゆえ、大倭は民を支配せぬ。大倭は民の自由な行き来と、自由な商いを認めている」
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