四、気比と久幣臥

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 半日あまりかけて半島をまわり、気比(けひ)たちが最後に築いた(とぶひ)から五里あまり離れた、大きな(うら)に着いた。  浦は大きな砂州(さす)で囲まれた天然の大きな()になっていた。出雲の夜見ヶ(よみがはま)中海(なかうみ)の位置関係に似て、浦を囲んで集落がいくつか点在して、百戸ほどの(さと)を成している。  気比と祖都裳(そとも)の一行は周囲を紅葉に彩られた浦を見おろす、高台の大きな家に入れられ、食い物を出された。 気比たちが最後に築いた烽からこの浦まで五里あまりあった。 「食えっ」  焼かれた魚と蒸した粟、干した果物、水に晒した木の実を煉って焼いた物など、客人を待遇するかのようである。 「すぐに、久幣臥様(くぬがさま)が来る」 「久幣臥は、ここで暮らしているのか?」 「ここは、お前たちを見張るために建てた、久幣臥様の(みや)だ」  案内した男が言った。 「お前たちのする事は我らに筒抜けだ・・・」  声が聞こえ、(すね)の長い大きな体躯の男が入ってきた。角ばった顔の頭部は、角が生えたように異様に尖っている。 「・・・お前たちが久美浜(くみはま)に烽を造った時から、お前の地の蝦夷(えみし)が知らせて来ている。  気比が出雲の王の御子を傷つけた。出雲の兵が気比の郷に来て、娘を人質にし、賦役を課したとだ・・・」  久幣臥の切れ長の眼が、食い物に手を伸ばしていない気比と祖都裳たちを見ている。 「出石(いずし)の民が知らせたのか?」  気比は妻の仕業だと思った。  気比の支配地の蝦夷の多くが出石の郷の人々である。気比の妻も蝦夷で、実家は出石にある。若狭(わかさ)布都斯(ふつし)に連れて行かれた直後、妻はこれまでの気比の行いを非難し、四人の子供・若狭の妹と弟を連れて、実家がある出石の郷へ行ったまま、もどっていない。 「そうだ。まあ、食え・・・。それで、気比は俺に何が望みか?」  話しながら、久幣臥は己に用意された食い物をつまんだ。布都斯が気比と祖都裳に課した誓約(うけい)を、久幣臥は知らぬらしかった。 「実は・・・」  気比はこれまでの経緯を述べた。 「・・・儂は実家へ帰った妻と子たちと、出雲へ連れて行かれた娘を、早く郷に呼びもどしたいのだ」 「・・・出雲が建国して、大倭(おおやまと)か・・・」  猟場や漁場をめぐり、これまで気比と久幣臥の争いは絶えない。  久幣臥はしばらく考えこんで言う。 「・・・我らが出雲に従えば、この地は出雲の支配地になる。(かみ)の制度があっても、我らの地を奪おうとする気比の立場が、出雲に変わったにすぎぬ」  気比が言う。  「他国に支配されぬよう、布都斯と民が皆で大倭を建国したのだ。  それゆえ、大倭は民を支配せぬ。大倭は民の自由な行き来と、自由な商いを認めている」
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