142人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
どうやら、今日のためにわざわざ予約を取ってくれたらしい。
「風邪、よくなりましたか?」
「うん、熱もひいたしだるいのもだいぶ」
「良かった…あっ参鶏湯、相原さん大丈夫でしたか?」
てっきり入ってからメニューを決めるのだと思っていたけど、そこまですでに予約済で。
席に着くなりもやしくんはメニューを開いて参鶏湯を指差しながら、ここの参鶏湯本当に美味しいんです、とにっこり笑った。
休んでしまったお礼に今日は私がおごる予定だったのに、完全にもやしくんペースに飲まれてしまっている。
「うん、大丈夫」
「参鶏湯って薬膳料理なんですよ、」
身体にいいのでスープまでしっかり食べて下さいね。
私が参鶏湯に手を付けるのを見つつ、もやしくんは慣れた様子で店員さんを呼び、一品料理を数個追加注文してメニューを閉じる。
…なんか、エスコートされてるみたいで変な感じ。
前付き合っていた人も相当スマートに振る舞う人だったけど、なんだかそれを彷彿とさせる手際の良さだ。
(この間はのほほんとしたランチだったけど、なんか今日はホントにデートみたい…)
「…相原さん、ちょっと痩せましたね」
食べ始めて10分程経った時、テーブルに広げられた色とりどりの小皿を突きながら、俯き加減に私を見るもやしくんは何だかちょっと拗ねたように口を尖らせていた。
「え、そう?自分じゃわかんないけど」
「休んでる間、ちゃんとご飯食べてましたか?」
「食べてたよ、」
「…誰か、作ってくれる人がいるんですか?」
「え?」
ふいにかけられた言葉にハッとして顔を上げれば、もやしくんは眉間に微かにシワを寄せ、俯き加減にぎゅっと銀のスプーンと箸を握りしめていた。
「こんなこと言う資格がないのはわかってるんですけど、そういうの、俺やりたかったです」
年下だし、頼りないかもしれないけど。
胸がクッと詰まって苦しい。
さっきまでの温かな空気はどこへやら、妙な緊張感がかけぬけて正直居心地が悪い。
最初のコメントを投稿しよう!