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「この、脇のところをもう少し広げられるか?」
久志が茶色い着ぐるみの袖を持ち、野添に話しかける。
先日の打ち合わせで袖は少し長め、裾は膝丈に改良されていた。耳と尻尾の出来も、なかなかの力作だそうだが、芹澤には以前と同じようにしか見えない。
「そうですね……可能ですが、そうなると体を曲げた時、不自然に広がるんじゃないかなあ」
「ボタンを付けてはどうだろうか」
「……ボタンですか。それならファスナーの方がよくないですか?」
着ぐるみの脇の部分を、野添が人差し指でなぞる。
「なるほど」
なるほどと言いながらも、野添の提案に久志は今ひとつ納得していないようだ。
明日から出張に行くため細かな打ち合わせをしないといけないのに、この男、分かっているのだろうか。
芹澤はイラつきが表に出ないように、心を落ち着かせゆっくりと口を開いた。
「ボタンでもファスナーでもどちらでもいいじゃないですか。それより久志さん、仕事してください──全く、ポケットくらいどんなでもいいじゃないですか……」
「それだ!!」
突然、久志が声をあげた。
「はい?」
「ポケットだよ、ポケット。野添くん、ポケットはどうだ?」
「いいですね。隠しポケット……その方面でちょっと考えてみます」
にわかに盛り上がる久志と野添。
訳がわからない芹澤は、久志が仕事をしてくれないのももちろんだが、何だか自分ひとりが話題から取り残されたような気がして面白くない。
「久志さ……」
「芹澤、ありがとう! ポケットという発想はなかった」
久志が嬉しそうに芹澤の方へと振り返った。
「……芳美のアイデアで、俺が作る。すばらしいよ! まさに愛のコラボレーション!」
そして野添はいつも以上にわけのわからないことを言っている。
とりあえず野添は無視をする事にして、芹澤が久志に明日からの資料を差し出した。
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