16 頑張る男と伝わらない気持ち 3

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「おい」  突然、背後から低い声とともに芹澤の肩が掴まれた。  肩を掴んだ手に強引に振り向かされると、芹澤のすぐ側に野添が立っており、不機嫌そうに顔を顰めている。 「ちょっと、野添くん。何をするんですか」  肩を掴んだ野添の手を、芹澤が鬱陶しそうに払い除けるが、払い除けられても野添の手が直ぐに伸びてくる。 「野添くん?」 「芳美……山路って誰だ」 「――は?」 「お前が誰かにお願いしますなんて、その山路という奴とはそんなに親しい仲なのか?」  最初は不機嫌そうに歪められていた野添の顔が、徐々に悲しげなものに変わる。 「俺というものがありながら、他の男に気移りするなんて……いくら俺と会えなくて寂しいからといって、あんまりだ」 「野添くん」  学生の頃から、この男は思い込みの激しすぎる所があった。  自分で勝手に妄想を膨らませ、一人芝居をするだけで他人に迷惑をかける訳でもないので、いつも芹澤は野添のことは放置していた。だが、山路のことをとやかく言われることについては何故だか腹立ちを覚える。 「野添くん!?」 「芳美……いいんだ、悪いのは君じゃない。すべては君に対する俺の愛情が足りなかったせいなんだ」 「――ああ、鬱陶しい」  芹澤がぼそりと呟いた。 「どうした? 何か言ったか?」  人の話を全く聞かない野添に、芹澤の腹立ちのゲージが徐々に上がる。  芹澤から発せられる不穏な空気に、長年共に過ごしている久志はすでに隣の部屋へと避難していた。 「鬱陶しい、と言ったんです」 「芳美?」 「山路くんは同じ会社の仲間です。私が山路くんを頼りにしたところで、野添くんには全く、何の、関係もないでしょう!? 本当にいい加減にしてください。私はあなたのことなんて、これっぽっちも思っていませんから。全く勘違いも甚だしいですし迷惑です――ちょっと久志さん! どこに行ったんですか、打ち合わせをしますよ!」  言うだけ言って、ムカムカしたものをすっかり吐き出した芹澤は、呆然としている野添を一瞥し、作業場となっているリビングを出ていった。 「……芳美。君がそんなに情熱的な人間だとは知らなかった。俺は君の新たな一面を知って、ますます君に惹かれているよ……俺をこんなに夢中にさせるなんて、君は本当に罪な男だ」  この勘違い男は、かなり図太くて鈍い感覚の持ち主のようだ。
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