3 遭遇 その2

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「何かって……?」 「夏樹、お前が俺に隠し事なんて出来ないの分かってるだろう? お前ってすぐに顔に出るから、何かあったらすぐに分かるんだよ」 「…………昨日」 「昨日? ほら、言ってみろ」 「青嶋さんに飲みに誘われたんだ。それで……あの……」  どうやら、タヌキ教頭と飲みに行った際に何かあったらしい。だが、タヌキとの間で起こったことを言いたくないのか、夏樹は口を閉ざしてしまった。 「夏樹、言いたくないかもしれないけど、一人で悩んでいても解決しないぞ。お前と俺との仲じゃないか……どんなことでも相談に乗るから」 「修一……」  夏樹とは高校からの腐れ縁だ。  大学三年の時、二十歳になった夏樹から自分は同性しか好きになれないのだとカミングアウトされた。  夏樹には、修一との友情が終わってしまうかもしれないという覚悟があったそうだが、修一は「ああそうか」と不思議とすんなり夏樹のことを受け入れることができた。  多少のことでは動じない自信がある。 「昨夜、青嶋さんと飲みに行って」 「うん」 「帰りにホテルに誘われたんだ」 「うん………………はぁ!?」  多少のことでは動じないはずの修一が目を見開き、声を裏返らせた。 「夏樹? ……まさかとは思うけど、ついて行ってないよな?」  修一はつい頭の中でタヌキ教頭と夏樹との濡れ場を想像しそうになった。想像しそうになったが、いくら懐の広い修一でもビジュアル的に許容できず、脳が想像するのを拒絶した。 「入り口までは連れて行かれたんだけど……偶然、会社の人が通りがかって……その、助けて……もらった」  よかった。最悪の事態にはならなかったようだ。誰だか知らないが、偶然その場に居合わせた同じ勤務先の人物に修一は心の中で手を合わせた。  すでに中学生の娘を心配する父親の心境である。 「それで? 同じ会社の人って、知ってる人なのか?」 「ううん、向こうは知ってたけど俺はよく知らない。また会社でって言われたから……」  どうも夏樹の歯切れが悪い。  だが、娘の貞操が守られたことに安堵している修一に、夏樹の微妙な感情の動きは読めなかった。  その日の昼休みの社員食堂で、修一は夏樹の危機を救った人物と遭遇する。そこで初めて夏樹の様子がおかしい本当の理由を知ることとなったのだった。
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