968人が本棚に入れています
本棚に追加
絶望的な状況に、もうどうすればいいのか分からなくなってしまった夏樹は、ベッドの上で自由のきかない体をただ小さくするしかない。
「――なつき……」
「……んっ」
不意に耳元で名前を呼ばれた。
どこかで聞いたことのある声のような気もするが、息を殺して囁くような声音のため、その正体が一体誰なのか全く想像がつかない。だが、名前を呼ぶあたり、夏樹のことを知っている人物なのは確かで、どうやら男性のようだ。
夏樹のすぐ側に座った男が、夏樹の髪をそっと撫でた。柔らかな癖毛を撫でる手つきはとても優しげで、夏樹に危害を与えようとしているなんて想像もつかない。
しばらくゆっくりと夏樹の髪を撫でていた手が、頭の左側へと差し掛かった時、ピタリとその動きが止まった。
「…………」
「えっ!? 違う、私は手出しなんてしてない!」
「…………」
「頭? たんこぶ? 何だそれは、そんなの知らない!」
夏樹の髪を撫でていた男が、頭にできたたんこぶを見て夏樹を拉致した男が暴力を振るったと勘違いしたらしい。
二人の間で押し問答が続いたが、しばらくすると夏樹の髪を撫でていた方の男が部屋を出ていってしまった。
階段を駆け降りるような足音が聞こえた。どうやら夏樹が閉じ込められている部屋はどこかの家の二階か三階らしい。
側にいた人物が離れたことで夏樹の緊張も幾分解けたのか、真っ白になって思考が止まっていた頭の中が働き始める。
(何なんだ?)
夏樹のことを拉致監禁までしていおいて、たんこぶひとつで大騒ぎするなんて訳がわからない。
とりあえず部屋の中には例の夏樹を拉致した男一人らしい。今なら逃げ出すことは難しくても、拘束を解いてもらうことはできるかもしれない。
少なくともたんこぶを見つけた時の慌てようから、夏樹に危害を加える可能性は少なそうだ。
夏樹は不自由にしか動かせない体をモジモジと動かした。
最初のコメントを投稿しよう!