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解くのが無理なら、せめて前に縛り直してくれると助かるのだが。夏樹は困ったように、背後の声のする方を振り返った。
夏樹の手を解いてくれるのだろうか、男の近づく気配がする。
「すみません、これ解いて……」
「――仕方がない」
後ろ手に縛られた手を解いてくれるのだと思った夏樹が、背中越しに腕を持ち上げる。だが男は夏樹の腕は掴んだが、そのまま一緒にトイレの中に入ってきてしまった。
男の手が背後から夏樹のズボンのベルトに掛かる。
「――え、えっ!? 何ですかっ」
予想外の出来事に、夏樹があわあわと慌てている間にも、男の手でベルトが外されてしまう。
さらに男の手がズボンのファスナーに触れた所で、夏樹は慌てて腰を引いた。
あまりの夏樹の慌てように男の手が止まる。
「――?」
「あ、あのっ、止めてください」
「どうして? 我慢しているんだろう?」
「それよりも、手……手を」
手を解くか、前に縛り直してくれと夏樹が訴えると、男はしばらく考えるように口を噤み、そのまま何も言わずに夏樹の手を解いてくれた。
「変な気は起こすな。おとなしくしていろ」
「……は、はいっ」
「ドアは閉めるな」
「……はい」
腰にはきつく結ばれたロープが繋がったままだ。ロープを切るハサミもないし、隙をついて逃げ出すことは不可能だろう。
夏樹に逃げ出すつもりがないと分かったのだろう、男は夏樹一人を残してトイレから出ていってしまった。
ロープの分だけドアは開いているが、一応個室だ。夏樹は自由になった手でそろそろと目隠しを外してみた。
(ここ、どこだろう。普通の家みたいだけど)
もしかしたら夏樹を連れてきたあの男の家かもしれない。
残念なことにトイレの個室には窓はなかった。小窓だけでもあれば、脱出はできなくても、外に助けを呼ぶことができたかもしれないのに。
やはり逃げ出すことは無理なのかと、夏樹の口からため息が漏れる。
「まだか?」
外から夏樹のことを呼ぶ声が聞こえた。だがそれは夏樹のたんこぶを心配したり、トイレにつれてきてくれた男ではなくて、最初に夏樹をここに連れてきた男のものだった。
「遅いぞ。それと、目隠しを外すな」
トイレから出てきた夏樹に目隠しをしようと男の手が伸びる。
「わかりました。自分でしますから、だから触らないでください――青嶋さん」
夏樹は顔を顰めて、青嶋の手を払い除けた。
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