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青嶋の手で、夏樹はまた元のように手足を拘束されてしまった。目隠しもだが、猿ぐつわまで先程のように噛ませようとするので夏樹は呼吸がし辛くなると言って、猿ぐつわだけは嫌だと抵抗した。
青嶋もあまり手荒なことはしたくなかったようで、大声で騒いでも無駄だと言い含め、夏樹の言い分を聞いてくれた。
「青嶋さん」
「――?」
夏樹の呼び掛けに、青嶋がちらりと目線だけを夏樹へ向ける。
「……もう一人はどこへ行ったんですか?」
「…………」
「青嶋さん」
「君に言う必要はない」
そう言うと青嶋は口を閉ざしてしまった。
無駄話はしたくはないとばかりに、青嶋は取りつく島もない。まるで夏樹とは極力関わりたくないとでもいうように、夏樹と目も合わせようとしない。
夏樹がまだ営業にいた頃、営業先のひとつだった桜が丘学院の教頭である青嶋からかなりしつこく言い寄られていた。
当時、あれだけ夏樹に言い寄っていた男とは思えない程の変わりようだ。
ここ何カ月かの間に一体何があったのか、変に自信満々で強引だった所はなりを潜め、少ない会話しかしていないが彼の声からは覇気が感じられない。
今回、夏樹のことを部屋に監禁したのも、あまり気が進まないようだった。
(どうしたんだろう。もしかして誰かに命令されたとか……もう一人の男?)
だが、もう一人の男は夏樹の頭にたんこぶを見つけただけで青嶋に食って掛かり、手ずから夏樹の頭を冷やしてくれた。
そんな男が夏樹に対して危害を加えようとするとは思えない。
(もう、訳が分からないよ。それよりさっきの男はいないみたいだし、青嶋さん一人なら……)
うまくいけば青嶋の隙をついて逃げ出すことができるかもしれない。
夏樹はさっきトイレに行った時に見つけた百円ライターを、青嶋の目につかないよう、ズボンの後ろポケットからこっそり取り出した。
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