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そろそろと鞄の中から携帯を取り出し、着信相手の名前を確認した途端、夏樹の体から力が抜けた。
「……はい」
『松本くんですか? 芹澤です。今電話は大丈夫ですか?』
夏樹は身を屈めながら周囲を注意深く見回し、大丈夫ですと答えた。
『山路くんから、今日休んだと聞いたもので。風邪、大丈夫ですか?』
「いえ、風邪ではなくて、実は……」
『私もそう思ったんですよ。たんこぶの腫れがまだ引かないんでしょう?』
「はい、それもあるんですが」
『わかっていますよ。あれだけ腫れていたんですから、目立たなくなるまで数日はかかるでしょうし。久志さんが出張から戻るまで休むといいです』
芹澤はどこから電話をしているのだろう、背後が賑やかだ。
「すみません、ありがとうございます。それで、芹澤さん」
『あ、ちょっと待ってください――専務! チケットは私が持っています――すみません、何でしょう』
「久志さんと何処かに行かれるんですか?」
『例の出張ですよ。専務が変にやる気を出しまして、出発が前倒しになったんです。全く、振り回されるこっちの身にもなってもらいたいです』
どうやら芹澤は、出発までの空き時間に夏樹へ連絡を入れてくれたらしい。
「もしかして、そろそろ出発なんですか?」
『あと十五分ほどですね。それで? 松本くん、何か言いかけていませんでしたか?』
「……いえ、特に急ぎの用件ではないので」
忙しそうな芹澤の様子に、夏樹は自分が青嶋らに監禁されていたと言い出すことができなかった。
現に夏樹は無事だ。それに今、監禁されていましたなんて芹澤に伝えたところで、青嶋がそんなことは知らないと言ってしまえば、それまでだ。
久志と芹澤が青嶋宅へ乗り込む前に、青嶋が自宅を片付けてしまえば、証拠も何もなくなってしまう。
『松本くん?』
「――気を付けて行ってきてください。出張から戻る頃には、たんこぶもましになってると思います」
夏樹はできるだけ明るい声でそう伝えると、通話を切った。
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