18 遠距離

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「すみません、遅くなりました」 「大丈夫ですよ。出発までまだ時間がありますから。それよりこちらこそ突然無理を言ってすみませんでした」 「いえ、そんな。家でぼけっとしていただけですし」  頭を下げる芹澤に、山下が慌てたように顔の前で両手を振った。 「全く……いくらやる気になったからって極端なんですよ」  駅構内のコンビニで弁当を物色している久志を芹澤がちらりと見やる。 「は?」 「何でもありません、こっちの話です」  予定では翌日の早朝に出発予定だった件の出張を、妙にやる気を出した久志が急遽予定を前倒ししたのだ。  今回の出張は久志と芹澤、あと営業から山下と山下のサポートに一人同行することになっている。仕事とは関係ないが野添も一緒だ。  久志のわがままからの突然の変更だったが、同行する営業の二人も揃った。何とか最終の新幹線には間に合いそうだ。 「専務、そろそろ移動しますよ」  ちょうどコンビニから出てきた久志に芹澤が声をかけた。 「悪い、待たせたな」 「悪いと思うなら、しっかりお仕事に励んでください」 「もちろんそのつもりだ。今回の展示会、うちの商品が一番の注目を集めるに違いないからな」  週末の二日間、パソコン周辺機器の展示会が開催される。今回の展示会はわりと大きな規模のものだ。  KONNOも展示会に合わせて『思わず仕事が楽しくなる』をコンセプトにあらゆるタイプのマウスとキーボードを用意した。  中でもリアルどんぐりマウスが、久志のイチオシだ。  夏樹の意見を取り入れて、キーボードもリアル丸太仕様にした。きっとアウトドア派な人たちに大ウケ間違いない。 「仕事をしながら、思わず飯ごうで炊いたご飯が食べたくなる。なかなかいいと思わないか?」  腕を組み、ひとり頷く久志を芹澤が冷めた眼差しで見やる。  久志はああ言っているが、予算の見積もりや会議の資料を作りながら、飯ごう炊さんに思いを馳せる人たちがいるとは芹澤にはどうしても思えなかった。  だが、侮ってはいけない。ヒット商品に向けての久志の目は確かだ。もしかしたら、これからアウトドアブームが起きるのかもしれない。
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