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芹澤と山下が戻ると、すでに新幹線の出発時間まで十分を切っていた。
改札から新幹線のホームまでは少し距離があるため、急がないと出発時間に間に合わなくなる。最終便なので乗り過ごすわけにいかない。
「ほら、走りますよ。急いでください」
各々に乗車券を配り終わった芹澤が先頭を急ぐ。
「芹澤がコンビニから戻るのが遅かったんだろ」
「はい? 何か」
「……いや。何でもない」
小走りで先を急ぐ芹澤の後をついて行きながら、久志がうんざりしたように呟くと芹澤が背後を振り向きざまに久志のことを睨みつけた。
「言っときますけど、私は松本くんへ電話をしていたんですよ。久志さんも空いてる時間にこまめに連絡を入れたらいいものを……あんまりほったらかしにしていたら、そのうち愛想をつかされますよ」
「…………」
文句を一言おうものなら、十になって返ってくる。
芹澤に口で敵わないのはわかっているし、空き時間も野添の所で着ぐるみを作るのに一生懸命で、ほとんど夏樹にかまっていなかった自覚がある。
言い返す材料も何も思いつかず、久志は余計なことを言わないようにしっかりと口を噤んだ。
「芹澤」
「はい」
「夏樹は元気そうだったか?」
ほったらかしにしていた自覚はあるが、夏樹の様子は気になる。風邪をひいたと聞いたが、具合はどうなんだろうか?
やや遠慮がちに尋ねる久志を芹澤がちらりと横目で見た。
「ご自分で聞いてください。ですが、松本くんもそろそろ休んでいるかもしれませんし、直接連絡を入れるなら明日にしてくださいね」
少しでも早く夏樹の声を聞きたい。新幹線に乗り込んだら、すぐにでも電話を入れようと思っていた久志の考えなど芹澤にはお見通しだ。
連絡されるならメールにしておいた方がいいと思いますよ、と言う芹澤の背中に「お前絶対にSだろ」と久志はぼそりと呟いた。
久志にしか聞こえないくらいの声だったはずなのに、芹澤の耳はどんな小さな音でも拾うのか、先を急ぐ足がぴたりと止まる。
「専務?」
「ん? どうかしたか?」
「……いえ」
久志の「芹澤S断定」はどうやら聞こえてはいなかったようだ。
痛いところを的確についてくる彼の小言は、どうも苦手だ――約一名、喜んで芹澤の小言を聞いている人物もいるが。
久志はとりあえず新幹線に乗り込んだら、まず夏樹へメールすることにした。
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