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『具合はどうだ? こんなに君に会えなくなるとは思わなかった。早く君の顔が見たいよ』
本当はもっと夏樹に伝えたいことはあったが、体調が良くない夏樹にあまり長いメールを送るのもどうかと思った。
久志なりに気持ちをできるだけ簡潔にまとめたつもりだが、本当にこれで夏樹に伝わるだろうか。
久志は短い文章を何度も見返し、送信した。
「どうかされたんですか?」
携帯を握り締めたままの久志を芹澤が訝しげに見る。
「待っているんだ」
「は?」
「こうして見ていないと、いつ夏樹から返信があるかわからないだろう」
「別にずっと携帯を持ったままでなくてもいいと思いますが」
「私は夏樹の気持ちをダイレクトに受け取りたいんだ」
「……」
芹澤は思わず口を閉じるのを忘れそうになった。
幼い頃から一緒に過ごしてきて、久志の本質をわかっていたつもりでいたが、まさかここまでおバカだったとは。
恋人にリスの着ぐるみを特注で作らせようとしていた時点でどうかとも思うが。
「……まあ、好きにされてください。その代わり向こうに到着したら――」
「ちょっと待て、芹澤。メールだ」
話しかける芹澤を制し、久志がメールの着信に色めき立つ。
メールの着信画面を食い入るように見つめ、微動だにしない久志に、さすがの芹澤もとうとう久志の頭の中がどうかなってしまったのかと心配になってきた。
しばらく携帯を見つめていた久志が、大きく息を吐きながら体から力を抜いた。
「……久志、さん?」
営業の二人とは座席が離れている。芹澤は久志のことを役職ではなくて名前で呼んだ。
「久志さん? 大丈夫ですか?」
「――ああ、芹澤。大丈夫だ、ちょっとメールの内容に感動していただけだ」
そう言って久志が芹澤に携帯を見せた。
『僕もです』
そこには一言、そう書いてあった。
「…………」
「簡潔にまとめはしたが、夏樹に思いを込めて送ったメールの返事だ。きっと夏樹も私と同じように、溢れる気持ちをうまく文章で表現できなくて、僕も、と返信してきたんだ」
相変わらず表情は乏しいが、自慢げにしているのはわかる。
うまい文章が思いつかなかったのは同じだろうが、多分気持ちのこもり様は久志とは違うだろうと芹澤は思った。
夏樹のことで、多少でも落ち込んでいるであろう久志を心配したことを芹澤は後悔した。
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