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「一体、どうなっているんですか?」
『……すまない。ちょっと目を離した隙にいなくなってしまったんだ』
「いなくなってしまったじゃ済まないですよ」
『わかってる。すぐに何とかするから……だから、私が、その……』
「…………」
しどろもどろとしか答えない相手に、山下は携帯を耳に当てたまま、イライラと空いている方の指先を噛んだ。
『わ、渉くん?』
反応のない山下に、電話の相手――青嶋がおろおろと焦った声を出す。
「――わかりました。逃げられたのは仕方がないです、僕が戻るまで何もしないでください」
『えっ、でも……渉くん、それだと……もし松本くんがこの事を誰かに話したら……』
「大丈夫ですよ。多分、彼は誰にも言わないと思います」
まだ数日は久志も芹澤も出張で不在だ。それに夏樹の性格だと、彼らの仕事の邪魔をするのは避けたいと思うはず。
ということは、久志らが出張から戻るまでは夏樹が捕らえられた事実がバレることはない。
『渉くん、やっぱり私がもう一度……』
幾分余裕のある山下に対して、自分の失態で夏樹を逃がしてしまった負い目のある青嶋は、何とかして自分の手落ちを挽回しようと必死だ。
「いいと言っているじゃないですか。変に手出しして、また失敗したら、今度は僕も許さないですよ」
『……』
「安心してください。あなたが学院の男子生徒に手を出して、ホテルに連れ込んだなんて父には言いませんから――叔父さん」
『渉くん、頼むよ。理事長には絶対に言わないでくれ! 私の嗜好は誰も知らないんだ……理事長だけじゃない、娘にまで知られたら……私は……』
青嶋が携帯の向こうから山下に懇願する。
山下が叔父のしたことを知ったのは偶然だった。どうやら二人の好みは似ていたようで、夜の街でたまたま出会った好みの男から、コトが終わった後に青嶋とのことを聞かされたのだ。
もちろん、その男とは二度と最後まではしていない。
「言うつもりはありませんよ。だけど、もし叔父さんが僕の言い付けを守らなかったら……わかっていますよね?」
『わかった、わかったから……』
「それじゃあ、僕はまだ仕事中ですので」
そう言って山下は青嶋との通話を切った。
(さて、どうしようかな……)
ちょっと考えると、今度は違う番号を呼び出した。
「――――あ、理央? いい子にしていたかい? 実はお願いがあってね……」
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