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部屋の中に引きこもっていても、お腹は空いてくる。
夏樹は、こんな時でさえ空腹を覚える自分に呆れつつ、ソファの上から体を起こした。
「お腹すいた……」
昨夜、久志から「会いたい」といった内容のメールが届いた。いつもはちみつをたっぷりとかけたパンケーキのように甘い言葉ばかりを、こっちが恥ずかしくなるくらいに言ってくるのに、昨夜のメールは久志にしてはかなりシンプルな内容だった。
それでも久しぶりの久志からの直接の言葉に、なんと返せばいいのか夏樹はさんざん悩んだ挙句「僕もです」とだけ返信した。
無事に逃げ出せたものの、青嶋からいきなり連れ去られたりとショックな出来事があって、本当は早く帰ってきて側にいてほしいと伝えたかったができなかった。
久志は気にしていないと言ってはいるが、男同士というだけで夏樹は多少の後ろめたさを感じており、これ以上久志の妨げになりたくなかったのだ。
「まだ何かあったっけ」
ふらりと立ち上がり、冷蔵庫の扉を開けてみる。
冷蔵庫の中には夏樹の好きなコーヒーゼリーがひとつ入っていた。
「……最後の一個」
まだ久志が出張に出かける前、夏樹が冷蔵庫を開けると中にずらりとコーヒーゼリーが並んでいた。
どうやら夏樹のことを驚かせようと久志がこっそり入れたらしく、驚きながらも夏樹が「何やってるんですか!」と久志に言うと、嬉しそうに「全部、君のだ」と言ってぎゅっと夏樹のことを抱きしめた。
その時久志と一緒に食べたコーヒーゼリーは、夏樹が今まで食べたどのコーヒーゼリーよりも美味しかったのを覚えている。
「…………」
ひとりだと、何となく食べる気も起きなくて、夏樹は冷蔵庫の扉を閉じた。
「やっぱり何か買いに行こう」
ただ、あまり遠くの店に行くのはさすがに怖いので、久志のマンションの向かいにあるベーカリーへ行くことにした。
念のためパーカーのフードを目深に被り、顔の半分をマスクで隠す。
「――大丈夫だよね」
一応、マンションのコンシェルジュに二十分ほど出かけますと声をかけ、ポケットの携帯も確認する。
さらに入口から顔だけを出し、キョロキョロと辺りの様子を窺う。そうして怪しげな人物や車がいないのを確認すると、夏樹は小走でマンションの入口から飛び出した。
「――うわっ!」
勢いよく飛び出した夏樹が誰かとぶつかった。
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