19 お兄さんな気分

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 誰かとぶつかって、夏樹は尻餅をついてしまった。  ぶつかったのは確かだが、いつもよりも衝撃が少ない。もしかしたら相手は女の人だったのかもと、夏樹はあわてて起き上がった。  確かに夏樹は小柄だが、それでも一応、成人男性だ。相手の女性がケガでもしていたら大変だと、慌てて駆け寄った。  ちなみに夏樹は女性の園である秘書課の中で一番小柄だ。小さいのに働き者なので、秘書課のお姉さま方からは密かに小人さんと呼ばれている。 「だっ、大丈夫ですかっ!?」  相手も夏樹と同じように、地面に尻餅をついていた。 「――大丈夫、です」 「それならよかった……って、えっ?」  女性にしてはハスキーな低音ボイスに夏樹が目を瞠った。 「すみません、僕、ちょっと急いでて前をよく見てませんでした」 「あ、いや……こっちこそ、ごめん。俺も慌てて飛び出したから」  地面に座ったままの二人が顔を合わせる。  夏樹が女性だとばかり思っていたのは、夏樹と同じくらいに小柄な男の子だった。それに、着ている制服に見覚えがある。 「あの、もしかして君、桜が丘学院の学生さん?」 「はい。そうですが……」  学生が夏樹のことを訝しげに見た。 「あ、ごめん。実は仕事でこの間まで桜が丘にいってたから、つい」 「お仕事、ですか」 「うん……そうだ、これ名刺。もしかしたら後でどこか痛くなるといけないから。何かあったら連絡して」  夏樹が財布の中から取り出した名刺を、学生が受け取る。 「肩書きは秘書課になってるけど、この間まで営業で桜が丘に行ってたんだ」 「――そうですか」 「ぶつかってて悪いんだけど、俺もちょっと急いでるんだ。君は大丈夫?」 「あ、そうでした。電車の時間……えっと、それじゃあ僕も一応、名前を」  学生が胸ポケットから出した学生証を夏樹の前に開いた。 「えっと、えんどう……りお、くん?」 「はい。遠藤理央といいます、桜が丘の三年です」 「うん、わかった。大丈夫そうだけど気をつけて」  遠藤理央と名乗った学生は、夏樹にぺこりと頭を下げると駅の方へと走って行った。 「可愛らしい子だなあ。あれだけ可愛いなら、気を付けないと変な人に目をつけられちゃうよ」  駅へと走る学生の背中を見送りながら夏樹が呟く。  きっと修一がこの場にいたら「お前の方が危ないわ」と夏樹の頭を叩いたことだろう。    
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