19 お兄さんな気分

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「松本さーん!」  翌朝、朝食を買い忘れていたことに気づいた夏樹がマンションから外に出ると、遠くから駆け寄ってくる少年の姿を見つけた。 「あれ? 遠藤くん?」 「おはようございます」 「えっ!? もしかして、昨日のでどこか痛めたりした?」  夏樹が心配そうに眉を寄せる。 「いえ、大丈夫です。実は僕、この近くのカフェでバイトを始めたんです。それでもしかしたら、また松本さんに会えるんじゃないかと思って……」 「――俺に?」 「はい。バイトを始めたのはいいんですが、他のバイトの人たちって、みんな大学生とか年上の人ばかりで……」 「ええっと、遠藤くんから見たら俺もかなり年上になるんだけど」 「はあ、まあ、そうなんですが……」  何かを言いたいのに、言いにくそうにしている遠藤が、夏樹のことを上目使いで見ている。年上の人とは話しづらいと言う彼が、なぜバイト先の大学生よりも年上である夏樹のところへわざわざ話しかけに来たのか。  目の前の遠藤の様子から、夏樹は大体の事情を察した。 「――――あー……そうか」 「松本さん?」 「うん。ええっと、いいんだ。俺、年下に見られることには慣れてるから」  乾いた笑いを浮かべる夏樹に、遠藤が「違うんです」と慌てた様子で小さく手を振った。 「俺が遠藤くんと同じ年くらいにしか見えないから、喋りやすかったんじゃないの?」 「そんな……ちょっとはそれもありますが、僕……何だか松本さんのことがお兄さんのように思えて……」 「お兄さん?」 「あっ、いえ、昨日会ったばかりで図々しいですよね! すみません、今の忘れてください!」  夏樹と変わらない身長の遠藤が、耳まで赤くしてうつ向いている。  一般的な成人男性にしては夏樹自身も小柄な方だが、夏樹は何だか目の前の少年のことがとても可愛く見えた。  夏樹の手が、無意識に遠藤の頭の上に乗る。 「――えっ?」 「いいよ、遠藤くん。俺でよければ、お兄さんのように思ってくれて」  兄弟とひと口に言っても、いろいろな形がある。例えば双子であるとか。  生まれて初めて言われた「お兄さん」という言葉にすっかりのぼせあがってしまった夏樹は、先ほど遠藤が同じ年くらいに見えると言ったことについては頭から抜け落ちてしまっていた。
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