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青嶋の所から脱出した翌日は、マンションの目の前にあるベーカリーへ行くのさえ警戒していた夏樹だった。だが、夏樹が逃げ出したことで青嶋も下手に動くのを控えているのか、三日経っても周囲で怪しい気配は感じられなかった。
「夏樹さん! いらっしゃいませ」
「理央くん」
夏樹が理央のバイト先であるカフェに顔を出すと、ホールに立っていた理央が嬉しそうに夏樹の座った席にやってきた。
お兄さんと呼ばれたその日の夕方から、夏樹は連日理央のバイト先へ通っている。夏樹が顔を出すと嬉しそうにする理央のことが可愛くて、夏樹はすっかり弟を見守る兄の気分になっていた。
「こんにちは。今日は何にされますか?」
「カフェオレで」
「分かりました……夏樹さん、甘めだったですよね」
夏樹が頷くと、理央はにこりと笑顔を見せて店の奥へと注文を伝えに行った。
カフェオレがくるまでの間、夏樹は何とはなしに理央の働きぶりを眺めていたが、理央はただ客から注文を受けたり、客が帰った後のテーブルを片付けるだけではない。
床に落ちていた小さなゴミをさりげなく拾ったり、テーブル上のペーパーナプキンの角をきちんと揃えたりと細かなところまでとても目がゆき届いている。
理央の働きぶりに、夏樹は何だかとても誇らしげな気持ちになった。
「――もう、夏樹さん。あんまり見ないでください」
「何が?」
夏樹のテーブルにカフェオレを置きながら、理央が軽く睨む。
「僕が働いてる所、ずっと見てたでしょう。恥ずかしいから止めてください」
「ごめん、心配でつい……それに、明日からまた仕事が始まるし、あまりしょっちゅうは来れなくなるから」
「えっ!?」
「休みは今日までなんだ」
「そう、ですか……」
とても残念そうに理央が項垂れた。
「でも、ほら。理央くん、結構仕事にも慣れてきたみたいだし、他のバイトの人たちとも仲良さそうにしてるじゃない。大丈夫だよ」
「夏樹さん」
「ね? 俺も早く帰れそうな時は顔を出すし」
夏樹が理央の顔を覗き込むと、思いつめたような表情で理央が顔を上げた。
「あのっ……僕、今日あと一時間で上がるんです。だから、その、夏樹さん……待っててくれませんか?」
何か話でもあるのだろうか。夏樹はいいよ、と頷いた。
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