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「すみません、お待たせしました」
夏樹が小説を読んでいると、仕事を終えた理央がやってきた。
本から顔を上げ、理央の顔を見ると夏樹は本を閉じ席を立った。
「理央くん、お腹すいてる?」
「……少し」
「それならご飯食べに行こうか。近くに美味しいところがあるんだ」
はいと頷く理央と一緒に、夏樹はカフェを出た。
二人がやってきたのは駅前にあるこじんまりとした洋食店で、夫婦で切り盛りしている店内はとても家庭的で温かな雰囲気だ。夏樹も何度か久志と訪れたことがあり、お気に入りの店だった。
「何にする? 何か食べたいものとかある?」
店内の一番奥まった席へついた二人が、テーブルの上でそれぞれメニューを広げている。
「じゃあ……オムライスで」
「わかった。ここのオムライス、結構いけるよ」
気のせいか理央の表情が少し硬い。バイト先のカフェを出てからも、理央から夏樹へ話しかけることはほとんどなかった。
夏樹は理央へ軽く微笑みかけてから、オムライスとビーフシチューを注文した。
夏樹が理央と知り合ってまだ数日だが、理央はいつも「夏樹さん、夏樹さん」と無邪気に夏樹へなついていた。夏樹もまたそんな理央のことが可愛くて、本当の弟のように思っていた。
青嶋に拉致され、その上、久志が出張で不在だったここ数日。ひとりで過ごさなければならないことに、最初は不安で寂しくて、いっそ久志の出張先まで行ってしまおうかと夏樹は何度も考えたものだ。
そんな時、偶然理央と知り合った。
彼は持ち前の人懐こさで夏樹の心の中へするりと入り込み、寂しさや不安を癒してくれた。
「理央くん」
理央に何か悩んでいることがあるなら、力になりたい。力になることが難しくても、人に話すことで少しでも楽になるなら、いくらでも話を聞いてあげたい。
夏樹はテーブルの上に置かれた理央の手へ、自分の手をそっと重ねた。
「――夏樹さん」
「理央くん、どうかした? 元気がないよ。何かあるなら話だけでも聞くよ?」
うつ向いたままの理央の顔を夏樹が覗き込む。
すると突然、理央が夏樹の手をぎゅっと握り返してきた。
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