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「理央、くん?」
思いつめたような表情の理央に、夏樹がどうしたの? と首を傾げる。
「あの……っ、夏樹さん」
夏樹の手を握る理央の手に力が入る。
「理央くん。ね? ほら、落ち着いて」
子供に言い聞かせるように、ゆっくりとそう言うと夏樹は理央の手をやんわりと外した。
「大丈夫? 気分でも悪い?」
「……」
相変わらず硬い表情のままの理央は首を横に振るだけだ。
夏樹の前ではいつもにこやかにしていた。だからこんなことは初めてで、夏樹もどう接したらいいのか戸惑ってしまう。
間もなく夏樹たちのテーブルへオムライスとビーフシチューが運ばれてきた。皿から柔らかく立ち上る湯気が、気持ちをほっこりと落ち着かせてくれる。
「食べようか?」
理央も少し落ち着いたのだろう。夏樹がそう言うと、こくりと頷きスプーンを取った。
「美味しい?」
オムライスをひと口食べた理央に夏樹が話しかける。
「――美味しいです」
「よかった。ビーフシチューも美味しいんだよ、ひと口食べてみる?」
夏樹が自分の皿を理央の前に差し出すと、理央は一瞬目を見開き、それから小さく頷くと夏樹の皿からビーフシチューをひと口食べた。
「ね? 美味しいだろ?」
「はい。すごく……すごく、美味しい」
理央の口元へ笑みが浮かぶ。
美味しい食べ物って、どんなに頑なになった心も柔らかく溶かすものなんだなあと、美味しそうにオムライスを食べる理央を見ながら夏樹もビーフシチューを口に運んだ。
「ごちそうさまでした」
店を出たところで理央がぺこりと頭を下げた。
「いいよ。高級な店でもなかったし」
「でも、すごく美味しかったです……それに……」
「――?」
真剣な顔をした理央が夏樹のことをじっと見つめる。
「えっと、あっちに座ろうか」
「……」
駅前の待ち合わせにもよく使われている、ベンチが並んだ場所を夏樹が指差すと、理央は黙ったまま頷き、ひとりベンチの方へと歩いて行った。
見かけによらすなかなか足が速い。あっという間にベンチに着いた理央が夏樹のことを見ている。
夏樹は慌てて理央のところへ駆け寄った。
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