19 お兄さんな気分

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「理央くん、足っ……速い……っ」  それほど距離はないのに、ちょっと走っただけで夏樹は息を切らせてしまった。  営業にいた頃とは違って、秘書課へ移動になってからは内勤ばかり。しかも会社へは車での送迎つきのため、ここ数か月、夏樹は運動らしい運動をしていなかった。  体力には結構自信があったのに、たった数十メートル走っただけでバテてしまう自分の体力のなさに、夏樹は唖然としてしまった。 (こんなことなら、山路さんみたいにエレベーターを使わず、階段だけで頑張ればよかった……) 「大丈夫ですか?」  うずくまったまま、呼吸を整えている夏樹のもとへ理央が心配そうに近づき、その手が夏樹の肩にそっと触れた。 「――夏樹さん?」 「ごめん、大丈夫。情けないなあ……ちょっと走っただけなのに」  苦笑いを浮かべながら立ち上がろうとする夏樹へ、理央が手を貸す。 「大丈夫だよ。いくら何でも立てないなんて――っ、あれっ!?」  夏樹は足に力が入らないのか、立ち上がりかけたが、また地面にへたり込んでしまった。 「あれ? どうしたんだろ。足に力が入らない」 「ほら、夏樹さん、無理しないでください」  理央は夏樹の腕を自分の肩に回すと、ベンチまでゆっくりと夏樹に付き添った。 「ごめん、理央くん」 「謝らないでください。夏樹さんは悪くないです」 「だけど、俺の足どうしちゃったんだろ……」 「――足だけですか?」 「え?」  思うように力が入らなかったのは足だけだが、どうして理央はそんなことを聞くのだろう。夏樹が首を傾げる。 「何でもないです。それより、今日は夏樹さんに聞いてもらいたいことがあったんですが……いいですか?」 「うん、いいよ」 「あの、実は僕……」  そこまで言って、理央は黙りこくってしまった。  よほど言いづらいことなのだろうか、理央は口を閉ざしたままだ。  悩みがあるなら、聞いてあげたいが言いづらいことを無理やり聞き出すのもどうかと思う。夏樹は理央が話したくなるまで待った。 「あの、僕……」  しばらくしてやっと理央の口が開く。 「僕、男の人しか好きになれないんです」 「――――はい?」  夏樹はこてんと首を傾げた。 
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