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「あの……、もう解散でいいんでしょうか?」
久志が紙袋を受け取るのを見計らったように、山下が声をかけた。
「ああ、すみません。そうでしたね。それではここで解散しましょうか。専務から何かありますか?」
「――今回は予定よりも日程が延びてしまったが、皆の協力でなかなか良い結果が出せた。お疲れさま、これからもよろしく」
久志の言葉に各々が「お疲れさまです」と挨拶を返し、その場は解散となった。
「芳美、お疲れさま。やっと二人の時間だ――おいで」
両手を大きく広げた野添が芹澤へ向けてにっこりと微笑みかける。
「さて、色々と買いすぎて荷物が増えてしまいましたね。こんなことになるなら宅配で送ればよかった」
思った以上に荷物が増えてしまったことに芹澤はため息をつき、携帯を取り出しながら、両手を広げて待っている野添の横を通りすぎた。
完全スルーである。
「芳美? 照れているのかい? ああ、そうか。早く二人きりになりたいんだね――待って、そんなに急いで……芳美は本当に照れ屋さんなんだから」
「あ、山路くん? 悪いんですけど、手伝ってもらえませんか?」
「またそうやって……俺の嫉妬心を煽っているんだね」
「思ったより荷物が増えてしまったんですよ。車で来てもらえると助かります」
「その冷たい横顔も素敵だ」
芹澤のすぐ側にぴったりとくっついている野添を、携帯を耳に当てたままの芹澤が横目でチラリと見た。
「うん? 何?」
「――うるさい虫が纏わりついて鬱陶しいので急いでください」
芹澤はそう言い捨てると携帯をポケットにしまい、早足で駅の出口へと向かった。
「芳美、ちょっと待って。俺の声が聞こえないのかい?」
ほとんど手ぶらの野添よりも芹澤の足の方が数段速い。
話の噛み合わない二人連れの姿は、あっという間に見えなくなった。
「君たちも疲れただろう。今日はゆっくり休むように」
久志が山下ともう一人の営業課の社員に声をかけると、二人はありがとうございますと頭を下げた。
「専務もゆっくり、されてください」
「そうさせてもらうよ」
久志の意識は、すでに自宅で待っている夏樹のもとへと移っている。
挨拶もそこそこに、久志はタクシー乗り場へと向かった。
「さて、僕も帰らないと。あんまり待たせちゃ可哀想だし」
「あれ? 山下、彼女いたの?」
同僚からの問いかけに、山下はただ笑って答えた。
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