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自宅マンションへ向かうタクシーの中で、久志は浮き立つ気持ちを懸命に抑えていた。
夏樹のための着ぐるみの制作や、思いかけず長期になってしまった出張などで、なかなか夏樹とゆっくり過ごすことができなかった。
仕事も一段落したし、これでやっと愛しい恋人と甘い時間をともにできる。
これからのことを考えると、完成した着ぐるみの入った箱を持つ久志の手に自然と力が入る。
(早く、夏樹に着せてみたい……)
着ぐるみは素晴らしい完成度で、久志の納得のいく出来になった。野添の技術を見込み、彼に着ぐるみの制作を依頼して本当に良かった。さすがその筋で有名なだけはあった。
これを見たら夏樹は一体、どんな反応をするだろうか。
『えっ!? これ……もしかして俺にですか? 開けてもいいですか?』
久志から着ぐるみ入りの箱を受け取った夏樹が、嬉しさに目を輝かせる。
『君のために用意したんだ。気に入ってくれるといいのだが』
『……そんな……久志さんが俺のために用意してくれたものを気に入らないなんて、そんなことあるわけないじゃないですか』
頬を染め、恥ずかしそうに久志から目を逸らす夏樹。
『夏樹』
『久志さん……あっ』
箱を開けようとしていた夏樹の唇を久志が奪う。
「――――違うな」
「えっ? お客さん、道が違ってましたか?」
ちょうど信号が赤になり、タクシーの運転手が焦ったように後部座席の方へ振り向いた。
「いや、こっちの話だ。そのまま真っ直ぐ行ってもらって大丈夫だ」
間もなく信号は青に変わり、タクシーが走り出す。
(これではダメだ。いくら嬉しそうにしている夏樹が可愛らしいからといって、すぐに私が手を出したら、着ぐるみを箱から出すタイミングを失ってしまう)
久志は夏樹の喜ぶ顔が見たいのだ。
確かに長いこと夏樹に触れていないし、きっと夏樹も久志の感触を欲しているだろうが、直接的な触れ合いよりもまず心の触れ合いが最優先だ。
ここは久志が大人の余裕を見せなければならない。
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