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「――あ、ほら。お家が見えてきたよ」
「ねこちゃん、だっこしてもいい?」
「うん、いっぱい抱っこしようねえ」
男は子供の手を引いたまま、物置小屋の中に入って行ってしまった。
「まずいな」
紺野家の私有地内で犯罪行為が行われるのは非常にまずい。
自宅に在駐している警備員を連れてくるように芹澤に頼んだが、このままでは芹澤たちがやって来る頃には手遅れになってしまう恐れがある。
久志は上着を脱いで地面に置くと、その上にお気に入りの小説を乗せた。
「……ここ二週間ばかり練習をしていないから、思うように動かないかもな」
そう言いながら、久志は軽くストレッチをして体を解した。
物置小屋に近づいて、入り口扉を少し開ける。
「おじさん、ねこちゃんは? いないのー?」
「そうだねえ、ちょっと黙ってようか。うるさくしてると猫が怖がって出てこないんだ」
「――わかった。なっちゃん、しずかにするね」
自分のことをなっちゃんと呼ぶ子供が、男に言われたとおりに口を噤み、紅葉のように小さな手で口許を押さえた。
「――いい子だね。そのまま静かにしているんだよ」
こっくりと頷く子供に男の手が伸びる。
「おい、お前。そこで何をしている」
子供の小さな肩に男の手が触れる直前、物置小屋の扉が開け放たれた。
一瞬、男の体がびくりと硬直したが、そこに立っていたのが子供だと分かると体に入っていた力を抜いた。
「……どうしたのかな? 迷子?」
「そこで何をしていると聞いている。答えろ」
「ええと、ここはおじさんの家なんだけど。君は誰なの?」
「この物置小屋が、お前の自宅? 何をふざけたことを言っている、そんな訳あるはずがない。ここは紺野家の私有地だ」
毅然とした態度で言い放つ久志に、男は小さく舌打ちをすると、立ち上がり久志に襲いかかった。
ほんの数秒の出来事だった。久志は咄嗟に身を屈め、男の鳩尾に肘を入れると、足を払ってその場に男を倒した。
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