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「まず、玄関を開けると夏樹が駆け寄ってくる」
「…………」
「そこで私がさりげなく夏樹の腰へ手を回し……いや、肩を抱いた方がいいか」
「…………」
「肩を抱き寄せ、夏樹に私の――待てよ。そうなると……」
会社勤めを経てタクシーの運転手となって、今年でちょうど十年目。
家に帰れば、新婚当時に比べるとすっかり愛想のなくなった妻と、思春期に入り父親になつかなくなってきた娘がひとりいる。
妻と娘に相手にされていないことで若干寂しさは感じているが、自分にとっては二人とも守るべき大切な家族だ。
たとえどんなに言動が怪しい客に遭遇してしまったとしても、乗客を無事、目的地まで乗せていくことが自分の仕事だ。家族のためにも決して取り乱してはいけない。
タクシー運転手岩永は、後部座席で大きな箱を抱え、怪しげな言動を繰り返している男ことは気にせずに運転に集中することにした。
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