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三十分ほどタクシーに揺られ、ようやく愛しい恋人の待つ自宅マンションへと到着した。たかだか三十分なのだが、今か今かと待ちかねていた久志にとっては、その短い時間が何十倍にも感じられた。
「ただいま」
久志がそっと玄関ドアを開ける。
夏樹のことを驚かそうと、久志はわざと帰宅時間の連絡を入れなかった。
「――夏樹?」
部屋の中からはなんの反応もない。それどころか、部屋の明かりは消えており、人の気配が感じられない。
「夏樹? 出かけているのか?」
可愛い恋人を驚かそうと思っての突然の帰宅だったが、まさか夏樹が外出しているとは予想していなかった。
こんなことなら、やはり事前に連絡を入れておけばよかったと久志が半ば後悔していると、カバンの中から携帯の着信音が聞こえた。
「夏樹かっ!?」
久志は急いでカバンの中から携帯を取り出した。
「――はい。夏樹? 今どこにいる……」
心の中は夏樹の声が聞ける嬉しさで溢れているが、ここは大人の余裕を見せなければ。そう思った久志は、落ち着きはらった口調で電話に出た。
『あ、久志さんですか? 芹澤ですが』
「…………ああ。何か用か?」
携帯の向こうから聞こえてきた声に、てっきり夏樹だとばかり思っていた久志のテンションが急降下する。
『それが、松本くんなんですが……』
「夏樹なら、出かけているようだが。まだ何か夏樹へ渡したいものでもあるのか?」
『そうではなくて――落ち着いて聞いてください』
どうも芹澤の様子がおかしい。いつも冷静な芹澤にしては、少し焦っているようだ。
「何だ? 夏樹に何かあったのか?」
『実は――』
久志は芹澤の話を聞くと、そのまま外へと飛び出した。
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