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「――夏樹さん、もっと気持ちよくしてあげるね」
夏樹の頬へ顔を寄せた理央が耳元で囁いた。
理央はさも良いことのように言っているが、夏樹にはなぜだかとてつもなく嫌な予感しかしない。
「あっ、あの……理央くん?」
「ん? なに?」
「お、俺、別に気持ち良くなくてもいい……から……さ。ね? やめようよ」
「夏樹さん」
これから理央が夏樹に何をしようとしているのかは分からないが、夏樹は止めてほしいと訴えた。
夏樹の必死の願いが通じたのだろう、理央の気配が遠退く。
理央が何をしようとしていたのかはよく分からないが、夏樹は自分の身に起こりかけていたことを、とりあえず回避できたと安堵し顔からゆっくりと手を外した。
「え? 理央くん、何、何で泣いてるのっ!?」
ベッドに仰向けになっている夏樹を跨いだ格好の理央が、悲しそうにしゃくりあげている。
「なっ、夏樹さ、ん……僕のこと嫌い? あっ、あんなにっ、お兄さんみたいに優しくしてくれたのに……っう」
「理央くん、俺……君のこと嫌ってなんかいないよ?」
「だ、だって……っ……せっかく僕が……夏樹さんに、気持ちよく……って……」
「あの、理央くん?」
いくら騙されたとはいえ、一度は弟のように思った理央のことを夏樹はどうしても嫌いになれなかった。目の前で泣かれるとどうすればいいのかわからない。
できれば理央のいうことを聞いてはあげたいが、絶対に良いことでないのは確かだ。理央のいうことを聞いてはいけないと夏樹の本能が訴えている。
「……兄さん……ダメ?」
赤く泣き腫らした目で理央が夏樹のことを見つめた。
「理央くん、あの……やっぱり……」
「理央、大丈夫。松本くんは理央のことを嫌ってなんかいないよ」
「渉さん?」
たとえ可愛い理央の頼みでも、よくないと分かっていることを見過ごすのはやはりダメだ。それに本当に弟のように思っているなら兄としてダメなものはダメだとちゃんと言い聞かせなければならない。
そう思った夏樹が、やっぱり頼みはきけないと理央に告げようとしたその時、夏樹と理央の間に山下が割って入った。
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