4 二十年前の出来事 その1

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「――――ひっ! い、痛いっ、やめてくれっ!」 「なんだ。全然手応えがないじゃないか」  うつ伏せになった男の背中に久志が乗り上げ、腕を締め上げている。通常とは逆の向きに曲げられた腕から、ミシリと嫌な音がした。  これ以上、力を加えられると腕が折れてしまうという所で、芹澤が警備員を引き連れてやって来た。 「久志さん! …………大丈夫……そうですね」 「芹澤、遅いぞ」 「これでも急いで来たんですよ。まあ、あなたのことだから心配ないとは思っていましたが――それより、手を離したらどうですか? その人、もう気を失ってますよ」 「ああ、本当だ」  久志が男から離れると、警備員たちが男を連れ出して行った。 「未遂ですか?」 「そうだな。二度とこの近辺には近づきたくなくなるように締めといてくれ」 「分かりました」  芹澤が携帯を取り出し、どこかへ連絡を入れる。恐らく、先程の警備員に久志の指示を伝えているのだろう。 「――大丈夫か?」 「…………」  久志が物置小屋の隅に座っている子供の前にしゃがんで声をかけた。  何が起きたのか全くわかっていない子供がこてんと首を傾げる。 「――おい、聞こえているのか?」 「ねこちゃんは? なっちゃんねえ、ねこちゃんにあいにきたの」 「――――っ」  人を疑うことなどとは全く無縁な、大きな瞳が久志のことを真っ直ぐ見つめている。  久志は今十二才になるが、学校以外、周囲にいるのは父の事業関連の大人ばかりだ。一番年の近い芹澤も久志より四つ年上で、自分より年下、しかも幼児なんて相手にしたことがない。  大人相手に堂々とした態度で接している久志が、どう喋ればいいのか分からず言葉を詰まらせる。 「久志さん? 何やってるんですか?」  電話を終えた芹澤がやって来た。 「ああ、なんて可愛らしい。こんにちは」 「こんにちは」  芹澤が声をかけると、子供がにっこりと微笑んだ。  久志には笑顔を見せなかったのに。二人の様子を見ていた久志の眉間に皺が寄る。 「お年はいくつかな?」 「よんさいだよ。あのね、なっちゃん、ねこのあかちゃんにあいにきたの」 「――猫? なるほど……子猫に会わせてやると言って連れて来られたんですね」 「ねこちゃんいないの?」 「そうですね。残念だけど、猫はここにはいないですね」 「……そう……」  よほど子猫に会いたかったのだろう。残念そうに子供がうつ向いた。
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