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十年もタクシーの運転手をしていると、色々と不思議な偶然があるものだ。
岩永は、ハンドルを握りながらバックミラー越しに後部座席へ目をやった。
そこには数時間前にも岩永が運転するタクシーに乗った男が、さっきと同じ場所に座っている。
男はさっき、大きめの箱を大切そうに膝に乗せ、ツッコミどころ満載なのにどこから突っ込めばいいのか悩む類の独り言を喋っていた。
だが今度は一人ではなく、何やら着ぐるみのようなものを着せられた少年を連れている。
「夏樹、大丈夫か? あと少し我慢してくれ」
そう言われた着ぐるみ少年は、ぐったりとしたまま荒い呼吸を繰り返すばかりで男の問いかけに答えない。
「具合でも悪いんですか?」
変に関わり合うなと頭の隅でもう一人の岩永が制止していたが、自分の娘と変わらない年頃の子供が具合悪そうにしているのを、どうしても見過ごすことができなかった。
岩永は頭の隅で止めろと訴えているもう一人の自分を無視して、後部座席の男に声をかけた。
「――ああ、ちょっとな」
男は着ぐるみ少年を見つめたまま、優しげな手つきでその少年の頬を撫でている。その様子から、岩永は彼と少年との間に強い絆のようなものを感じ取った。
もしかしたら親子なのかもしれない。そうならば、少年は男がかなり若い頃の子供になる。
(若いうちから苦労しているんだなあ……)
男――久志の境遇を想像する岩永の目にうっすらと涙が浮かぶ。
年のせいだろうか。岩永は最近、すっかり涙もろくなってしまっていた。
「あの、夜間診療をしている病院に向かいましょうか?」
「いや、大丈夫だ。そのまま自宅へ向かってくれ」
「はあ……」
子供は急に容態が変わることがある。今は大丈夫なようでも、深夜にいきなり高熱になることもあるのだ。
岩永が心配していることを察したのか、顔を上げた久志とミラー越しに目が合った。
「しばらくしたら落ち着くはずだ。それまでは私の手で何とかしてやりたいんだ」
「そうですか、わかりました。えっと……では、申し訳ないんですが二、三分お時間をいただいてもいいでしょうか?」
「――かまわないが?」
久志から了承を得ると、岩永はアクセルを踏む足に力を入れ、車のスピードを上げた。
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