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間もなくタクシーは久志のマンションの前に到着した。
「お疲れ様でした。あの」
「――?」
「もしまた夜中に熱が高くなるようでしたら、脇の下とか足の付け根を冷やすといいですよ」
「……ああ、ありがとう」
久志は親切なタクシードライバー岩永へ礼を言うと、夏樹を横抱きにしてマンションの中へと姿を消した。
「早く良くなるといいですね。息子さん」
岩永は子供思いの父親の背中を見送り、その場を走り去った。
「さあ夏樹、着いたよ」
自宅へ到着した久志は、真っ直ぐ自分の寝室へ行くと、夏樹をベッドへそっと下ろした。
「ん……っ」
「夏樹?」
夏樹を寝かせて、そのまま離れようとした久志だったが、久志の首に夏樹がしがみついているため離れることができない。
「夏樹、離しなさい」
「……いや……だ、久志さん、行かないで」
いやいやと首を横に振りながら夏樹が久志に抱きついた。
「――夏樹? 君、本当に熱があるんじゃないか?」
夏樹の体が異常に熱い。
薬の副作用かもしれない。久志はさっきの親切なタクシードライバーの言葉を思い出した。
「確か脇の下と足の付け根を冷やせばよかったな。夏樹、悪いが少し離れるよ」
「やっ、久志さん」
必死で取り縋ろうとする夏樹の腕をやんわりと外し、久志は冷凍庫から保冷剤や氷を持ってくると、ベッドに腰掛けた。
「まさか、ここで役にたつとは思わなかったな」
久志が夏樹の腕を上げる。そして、着ぐるみのちょうど脇にあたる部分に迷いなく手を突っ込んだ。
「んっ」
「うん。ちょうどいいな」
「久志さん? これ……?」
「ポケットだ。深めに作ってあるから、ここに保冷剤を入れよう」
夏樹の着ぐるみ姿は絶対に可愛いに違いない。
いかにその可愛らしい姿のままで夏樹と愛し合うことができるか、久志は野添と何度も打ち合わせを重ね、着ぐるみの色んな場所に隠しポケットを作らせたのだ。
久志がポケットに手を突っ込んで夏樹の体に触れた際、肌触りはもちろんだが久志の手の感触もちゃんと伝わらなければならない。そのため、ポケットの内側の生地にもかなりこだわった。
結果、着ぐるみは久志にとって、これ以上ないくらいの会心の出来となった。
「さあ、夏樹。こっちの腕も上げて」
久志の手によって、夏樹の両脇に保冷剤が挟まれた。
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