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「…………」
「松本くん?」
「……俺から行ったのは本当です」
臆病な小動物が巣穴から外の様子を窺うように、夏樹が布団の中から顔だけをそろりと出している。
芹澤は信じられないというように夏樹の顔を見ると、続いて久志の方へ振り向いた。
「ほら、私の言った通りだったろう」
「松本くん……」
得意げな様子の久志と、不憫な子を見るような眼差しで夏樹の方を向いている芹澤。
「あのっ、違います! 確かに俺から久志さんの……に突っ込みましたが、それは久志さんがいきなり下着を脱ごうとするから、止めようとして……それで……」
ちょっとは興味はあったが、自分から久志の股間へ顔を突っ込んだなんて思われるのは心外だ。夏樹が必死で芹澤へ状況説明をする。
「だから、俺の方からくっついてしまったのは本当ですけど、不幸な事故というか……」
「不幸な事故じゃないだろう。夏樹、照れてる君も愛らしいが、君はもっと自分の心に正直にならないといけないよ」
「――久志さん、あなたはちょっと黙っててください。松本くん、分かりました。すみません、私の誤解だったようです」
「芹澤さん」
芹澤の誤解は解けたようだ。夏樹はほっと安堵の息をついた。
「松本くん……怖かったでしょう? 昨夜、あんなことがあったばかりだというのに、また朝から変態の餌食にされてしまって……」
そう言いながら芹澤が夏樹の髪を撫でる。
幼馴染で気心の知れた仲とはいえ、久志のことを変態扱いできるのは芹澤くらいのものだろう。
「ちょっと、久志さん」
ひとしきり夏樹のことを愛でた芹澤が、表情を一転させて久志のことを睨みつけた。
「何だ?」
いつの間にシャワーを浴びてきたのか、半乾きの髪にさっぱりした顔の久志がクローゼットの前でネクタイを締めている。
「あなたが二十年もの間、一途に松本くんのことを想ってきたことは、私もずっと側で見てきたので知っています」
(――――え?)
芹澤の言葉を聞いた夏樹が、布団に包まったまま首だけを久志の方へ向けた。
夏樹に背中を向けているが、クローゼットの鏡に映った久志がバツの悪そうな顔をしている。
「おい、芹澤」
ネクタイを締めながら、久志が芹澤の言葉を制止する。
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