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芹澤は社内メールのチェックを済ませると、ノートパソコンから顔を上げた。
目線の先には、秘書課の空きデスクに抜け殻のようになった久志がひとりぽつんと座っている。
夏樹から嫌いと告げられたことが、よほどショックだったのだろう。
出勤するのさえ芹澤に手を引かれないと、ままならない状態で、出勤途中の車の中でも目は虚ろに宙を泳ぎ、会社に到着するまでずっと何かブツブツと呟いていた。
(まあ、二十年も想い続けていた初恋の相手ですしねえ……)
芹澤がため息をつく。
「専務、コーヒーどうぞっ!」
どうしたものかと頬杖をついて、負のオーラ全開の屍男のことを芹澤が眺めていると、場違いに元気な声とともに山路が久志の前にコーヒーを置いた。
山路なりに、様子のおかしい久志に気を使っているようだ。
「…………だ」
「はい?」
「……嘘だ」
「え? これ、コーヒーですよ。俺、嘘なんてついてませんが」
「いや、違う」
「すみませんっ、コーヒーじゃなくて紅茶の方がよかったですか!? 今すぐ淹れ直してきます!」
コーヒーカップを慌てて下げようとする山路の手首を久志が掴んだ。
「専務?」
「そうだ、違うんだよ! 夏樹が私にあんなことを言うはずがないんだ。あれは私の聞き間違いだったんだ……うん」
「松本が専務に何か言ったんですか?」
「夏樹……夏樹が、夏樹が私のことを、きっ、き……」
「――き?」
「き……きら……っ」
それから先の言葉はどうしても言いたくないらしく、久志は顔を苦しげに顰めながら口を横一文字に結んだ。
「あ、あの……専務?」
山路が気遣わしげに久志の顔を覗き込む。
「ちょっと、山路くん」
「え? あ、芹澤さん」
ノートパソコンの影から芹澤が小さく手招きしている。
芹澤にしては可愛らしい仕草に、山路は顔を綻ばせながら芹澤の元へと駆け寄った。
「山路くん」
側に寄った山路に、さらに近づくようにと芹澤が手招きする。
戸惑いながらも山路が顔を近づけると、芹澤がそっと耳打ちした。
「専務のことは放っておいて大丈夫です」
「――え、でも」
「いいんですよ、たまには。何でも自分の思うようになると思ったら大間違いなんです。あの人には自分の言動に対して反省することも必要です」
「はあ……」
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