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芹澤に引きずられるように久志が出て行ってしまった。
朝からあれだけ大騒ぎしたのが嘘のように、部屋の中はしんと静まり返っている。
夏樹は相変わらず布団の中で体を丸めたまま、久志に言ってしまった自分の言葉を何度も反芻していた。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
芹澤に対する久志の態度があんまりだと思い、つい嫌いだなんて言ってしまったが、久志だって夏樹のために色々と動いてくれていたのを知っている。
自分の危機に駆けつけてくれたことへ、まだきちんと感謝の言葉も告げていないのに、よりによって嫌いだなんて。
(……どうしよう……久志さん、絶対に呆れたよな。もう俺のことなんて嫌になったかもしれない)
顔を押し付けた布団に、ジワリと浮かんだ涙が吸い込まれていく。
出会いも中身も最悪な男なのに、どうしてこんなに好きになってしまったんだろう。
「ううーっ、久志さん……ごめっ、ごめんなさい……っ」
布団の中からいくら謝ったところで、本当に伝えたい相手がここにいないことを夏樹はじゅうぶん分かっていた。
だが、ごめんなさいと口にしていないと、ますます久志から愛想をつかされてしまうような気がして、夏樹は抱きしめた枕に顔を埋めて謝罪の言葉を何度も繰り返した。
布団の中に包まったまま、夏樹は泣き疲れて眠ってしまったようだ。
赤ん坊をあやすようなトントンというリズミカルな振動が、布団越しに夏樹の背中へ伝わる。
「ん……」
暖かくて柔らかな布団の感触と背中に感じる優しい振動に、夏樹は枕を抱きしめたままゆっくりと瞼を開いた。
「――――ん?」
まだ半分ほどしか開いていない目を擦りながら、夏樹がもぞもぞと布団から顔を出す。
「おはようございます」
人の気配がする方へ夏樹が顔を向けると、ベッドの端に腰を下ろした芹澤が優しげな眼差しで夏樹のことを見つめていた。
「芹澤さん? おはよう、ございます……」
「よく寝ていたようですね。気分は?」
「大丈夫です……あの、今何時ですか?」
「もうすぐ四時になります」
「えっ!? 芹澤さん、仕事は?」
まさか夏樹のために芹澤は早退したのだろうか。
芹澤のことだから抜かりはないだろうが、それでも夏樹は心配になってしまった。
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