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「ただいま戻りました」
退屈としか言い様のなかったお見合いを終えて、久志が自室でくつろいでいると、芹澤がやって来た。
「――よう」
「お見合いはどうでしたか?」
「いつも通り」
久志が読みかけの小説を机に置きながら答えた。
お見合いとは言っても、久志の父親の仕事相手でもある相手の父親が強引に進めたもので、娘そっちのけで何とか久志の気を引こうと喋り続ける相手の父親の話を久志は延々と聞かされただけだ。
「――それで、子猫は?」
見合いの間もずっと気になっていたことを久志が芹澤に尋ねた。
延々と聞かされた見合い相手の父親の下らない話が久志の耳に入らなかったのはもちろんだが、十二才の久志より明らかに年上の相手女性からの媚びた視線を感じるたび、物置小屋で久志に真っ直ぐに向けられた子供の無垢な瞳を思い出してしまいそれが頭から離れなかった。
「それがですねえ……」
「芹澤……それ……?」
苦笑いを浮かべながら、芹澤が小振りなカゴを背後から出した。
「子猫です」
芹澤がカゴの蓋を開ける。中にはふわふわとした白くて小さな 塊が入っていた。久志がその白い毛玉に顔を近づけてよく見てみると、呼吸に合わせて微かに動いているのがわかる。
「芹澤、何で?」
久志の声に目が覚めたのか白い毛玉がもぞもぞと動き、毛玉の中から小さな耳がぴょこんと飛び出した。
「なっちゃん――ああ、あの子の家まで子猫と一緒に送って行ったんですが、なっちゃんのお母様がアレルギーだとかで、飼うことができないとお断りされてしまったんです」
芹澤は、引っ越す予定なのだが引っ越し先ではペットが飼えなくて困っていた所、偶然出会った子供に子猫が思いの外なついたため飼ってもらえないだろうか。と、子供を家に送った際に提案したそうだ。
子供の家族が心配してはいけないため、変質者に襲われそうになっていたことは伏せてだが。
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