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「何やってんの?」
修一が自分の席に戻ると、隣の席の夏樹が机の下に潜り込んでいた。
「――おい、夏樹?」
「ん? 修一? …………あいたっ」
ゴツンという鈍い音が机の下から聞こえたかと思うと、痛そうに顔を顰めた夏樹が頭を擦りながら机の下から出てきた。
「――ったあ……」
「大丈夫か? てか夏樹、何やってんの」
「うん。ボールペンがなくなったんだ。机の上に置いといたんだけど、トイレに行って戻ってきたらなくなってた」
「どこかに転がったんじゃないのか?」
「そう思って机の周りを探したんだけどないんだよね。あれ書きやすくて気に入ってたんだけど」
そう言いながら、諦めきれないのか夏樹は机の上の書類を持ち上げてその下を覗き込んでいる。
「俺の貸してやるよ」
「ありがと……」
「松本くん、これ松本くんのじゃない?」
修一が胸ポケットから取り出したボールペンを夏樹が受け取ろうとしたとき、夏樹の目の前にボールペンが差し出された。
夏樹が顔を上げると、すぐ隣に同じ営業課の社員が立っていた。彼はひと月前に途中入社した社員だ。
「――え? ああ、これだ……あれ? でも俺のはこんなに新しくなかったような……」
「僕の机の側に転がっていたんだけど。他には落ちてないみたいだし、松本くんのじゃないのかな」
「いいじゃん。夏樹、貰っとけよ」
「……うん。えっと、山……」
「山下。山下渉(やましたわたる)だよ」
そう言って、山下は首から提げた社員証を夏樹に見せた。
「――おい、夏樹。いい加減、山下くんの名前くらい覚えろよ」
「ごめん……山下。お互い外回りで顔を合わせることが少ないから……」
「いいよ。今度、飲みにでも行こうよ。そしたら嫌でも覚えるんじゃない?」
山下はにっこりと人好きのする笑顔を見せると、夏樹にボールペンを渡して自分の席に戻った。
「山下って、いいやつだよな。マジで今度あいつと飲みに行かないか? 夏樹」
「……うん」
山下は親戚に「KONNO」の役員と懇意にしている人物がおり、その関係で引き抜かれたらしい。
仕事ぶりは真面目で、与えられた業務はきっちりとこなす。
営業課に配属されてひと月足らずだが、明るい人柄からすっかり課の中に馴染んでいた。
だが、なぜだか分からないが、夏樹はこの山下のことが苦手だった。
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