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「夏樹? どうかしたのか?」
「――いや、何でもない」
会社の廊下で誰かからの視線を感じた夏樹が後ろを振り向いた。だが、振り向いた先には誰もおらず、真っ直ぐ延びた廊下の壁際に等間隔で置かれた観葉植物があるだけだ。
「ほら、行くぞ。もう腹へって死にそう」
「あ、うん」
寝坊して朝食を食べ損ねた修一がお腹を擦りながら情けない声を出す。
視線の正体は気になったが、夏樹はもう一度、背後を振り返ると、社員食堂へと急ぐ修一の後を追いかけた。
昼の混雑のピークを過ぎたのか、社員食堂内はちらほらと空席が目立っている。夏樹と修一の二人が、どこに座ろうかと辺りを見渡していると、窓際の一角で山下がこちらに手を振っているのが見えた。
「よう」
山下に気づいた修一が笑顔を見せながら手を振り返し、山下の所へ向かう。
先日、夏樹と修一と山下の三人で飲みに行ってから、三人一緒にいる機会が増えた。
特に修一は、山下が自分と同じ食玩などのミニチュア玩具の収集が趣味だと分かってからというもの、こまめに連絡を取り合っている。
修一いわく、山下のコレクションはかなりのものらしい。
「山下もこれから昼飯?」
「うん。昼ご飯にしようと思ったら、武井事務所から電話があったんだ」
「ああ、あそこね……去年、俺が担当だったんだけど、いっつも昼時に電話してくるんだよな。なんかいつも電話のタイミングが絶妙すぎるから、どこかにカメラでも仕込んでるんじゃないかって本気で探したことがある」
「あはは、まさか」
「いやまじで。俺の机が見える角度とか考えながら、観葉植物の鉢の中まで探したよ」
「――そうなんだ。すごいね」
夏樹は二人の会話を聞き流しながら、黙々とオムライスを口に運んだ。
山下は人当たりもいいし、修一とも気が合っている。なのに夏樹はどうしても山下のことが苦手で、話しかけられたら答えるが自分からすすんで話しかけようとはしなかった。
どこがどうという訳ではない。
話題は豊富だし、山下と喋っていると夏樹もそれなりに楽しい。だが、心の中のどこかで、山下とはこれ以上は親しくならない方がいいと夏樹は無意識のうちに自分でストップをかけてしまうのだ。
人の機微に聡いらしい山下も、そんな夏樹に気付いているのか、夏樹がちょっと口を閉ざすとそれ以上は踏み込んでこない。
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