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「ほら、これ夏樹の」
修一が夏樹のコップの縁に何かを引っ掻けた。
「これ、何?」
OL姿の小さな女性の人形が夏樹のコップの縁をよじ登っている。
「夏樹、知らないの? コップの彼女。可愛いだろ」
見ると、修一と山下のコップにもそれぞれ違った衣装とポーズの人形がくっついていた。
修一が自分のコップの縁に座った黄色のビキニ姿の人形をうっとりと眺めている。
「……修一……前の彼女と別れたのいつだったっけ。最近、女の子の話をしないと思ったらそっちに走ったのか……」
「――えっ!? いや、夏樹、違うって……これはだな俺の理想の彼女像というか……」
「修一はビキニでコップの縁に座っているのがタイプなんだ」
「そうそう、このお尻が乗った所が……って、だから違うんだって!」
ふざけ合う夏樹と修一のことを山下が楽しそうに眺めていたが、ふと一瞬表情が硬くなった。
「――これは?」
夏樹のコップによじ登ろうとしている人形が、形のよい指先にひょいと摘み上げられた。
「専務」
「――紺野さん」
修一の声に夏樹が振り向くと、夏樹が座っている椅子のすぐ後ろに久志が立っていた。目を瞠る夏樹のことを不機嫌そうに見下ろしている。どうやら夏樹から名字で呼ばれたことが気に入らないらしい。
「あの、これはコップの彼女といって最近流行っているんですよ」
「コップの……なるほど、こうやってコップに引っ掛けるんだな」
すっかりコップの彼女に興味をもった久志が、摘んだ人形を夏樹のコップに引っ掛け、コップごと色んな方向から眺めている。
「芹澤」
「はい」
側に控えていた芹澤に久志が何事か指示を出し、芹澤が内ポケットから取り出した手帳に久志からの指示を書き込む。
「なあ、夏樹。やっぱり専務って凄いよな」
「何が?」
「だって、こんなちょっとしたアイデアもすぐに仕事に結びつけて考えるんだぜ。俺たちとは考え方から違うよな」
久志と芹澤のやり取りを見ながら、修一が夏樹の耳許でこっそりと言った。
確かに、ただ可愛いとか面白いとかで終わってしまう夏樹たちとは違い、久志はそこから更にどうすれば仕事に活かせるかと考えている。
夏樹は、自分は夏樹の彼氏だと言うふざけた所ばかりではない、仕事に対する久志の真面目な一面を垣間見た気がして、芹澤に指示を出す久志のことを見つめた。
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