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「――夏樹? どうかしたのか?」
「え? いや、何でもないよ」
「ははあ……もしかして彼氏に見とれていたとか」
「ばっ、修一! 何が彼氏だよ」
すでにオムライスを食べ終わった夏樹が、慌てて久志から目を逸らし、デザートにコンビニで買っておいたコーヒーゼリーの蓋を開けた。
中身は別として、容姿に関しては久志は夏樹のもろ好みだ。あんな出会い方をしていなければ、今ごろはきっと遠くから久志のことを憧れの眼差しで見つめていたことだろう。
「――彼氏? それって何のこと?」
それまで一言も発せず、夏樹と修一のやり取りを見ていた山下が口を開いた。
「ああ、実はな紺野専務は夏樹の……っ」
「っわーっ! 修一、ストップ!」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった夏樹が、テーブルに身を乗り出して修一の口を塞ぐ。
久志が恥ずかしげもなく自分は夏樹の恋人だと宣言しているせいで、夏樹と久志が恋人同士だと社内で広まりつつある。
もちろん久志の冗談だと思われてはいるが、もうこれ以上ことをややこしくしたくない。
「私は夏樹の恋人だが」
「こ、紺野さん!」
夏樹が必死で修一の口を塞いでいる横で、久志が山下に告げた。
「え、専務も松本くんも男ですよね……ああ、冗談なんですね。松本くんってからかうと面白いから」
「冗談ではないが。もともと私は性別に拘る方ではないし、それに告白してきたのは夏樹の方からだ」
「こ、こ、紺野さんっ!」
「夏樹……何度言えばわかるんだ? 紺野さんではなくて、久志、だろう。ほら、言ってごらん」
「――っ」
表情は夏樹を咎めるようなそれだが、声音と口調はかなり甘い。
夏樹は修一の口を押さえたまま、耳まで真っ赤にして上目使いで久志のことを睨み付けた。
「こら、そんなに可愛い顔をみんなの前で見せるんじゃない。それは私と二人の時だけにしなさい」
そう言いながら、修一の口元を塞いでいる夏樹の手をさりげなく外す。さらには、夏樹が他の男に触れていたことが気に入らなかったのか掴んだ夏樹の手の甲に唇を寄せた。
背後では芹澤がこめかみを押さえて俯いており、いつの間にか夏樹たちの周りには、昼食のためにやって来た社員らが遠巻きにことの成り行きを見守っていた。
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