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二十分ほど走っただろうか、夏樹の住むマンションの前で車が止まった。
「ありがとうございました」
久志の視線からやっと開放できた夏樹がほっとした様子で頭を下げた。
車の中で感じた久志からの視線は緊張はしたが、決して嫌な感じはしなかった。それどころか、これから自宅に帰ったときに感じるであろう何とも言えない嫌な感じのことを考えると、もうちょっと久志の側にいたいとさえ思ってしまう。
「それじゃあ、失礼します」
正直言って部屋に戻りたくないが、いつまでもこんなところにいるわけにもいかない。
夏樹は久志にくるりと背中を向けると、マンションの入り口へと歩いていった。
「――あの、久志……さん?」
「ん? 何だ?」
「ええと……芹澤さんもですが、何をしているんですか?」
マンションの入り口で別れたはずの久志と芹澤が夏樹と一緒にエレベーターを待っている。
自分は夏樹の恋人だと公言している久志がついてくるのは何となくわかるが、なぜ芹澤までが一緒にいるんだろうか。
もしかして二人とも、夏樹がちゃんと部屋にたどり着くまで送ってくれるつもりなのだろうか。
いくら年相応ではない見た目とはいえ、これでも夏樹は一応成人男性だ。そこまで心配されるとかえって戸惑ってしまう。
もうここまでで大丈夫ですと、夏樹が口を開こうとしたとき、ちょうどエレベーターがやって来た。
当然のようにエレベーターの扉を手で支えた久志が、夏樹へ早く乗るようにと目線で促す。
「何階?」
「……四階です」
夏樹の背後に立った久志が、まるで夏樹のことを背中から包み込むように腕を伸ばし、エレベーターのボタンを押した。
頬を掠めるように伸ばされた久志の腕に、思わずどきりとした夏樹が小さく肩を竦める。
ここ最近、例の嫌な気配のお陰で自宅へ帰るのに変な緊張感を持っていた夏樹だった。だが今日は久志と芹澤の二人が一緒にいる。
半ば強引に夏樹の後をついてきた二人に、どうしたものかと思ったが、エレベーターが四階に到着する頃にはいつもの嫌な緊張感を感じることもなく、二人が一緒にいてくれてよかったと心底思った夏樹だった。
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