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「 松本くんも帰りなんだろ? 僕もこれを買ったらあとは家に帰るだけだし、家まで送るよ」
山下が買い物カゴを持ち上げて言った。
カゴの中には大量のレトルトのカレーやカップ麺、数本の缶ビールそれにガムテープやビニール紐などの梱包用品が入っていた。
外出しなくても数日は部屋の中で過ごせそうだ。
カゴの中身を驚いたように見ている夏樹に、山下がばつが悪そうに苦笑いした。
「――まだ部屋が片付いてないって言うのもあるんだけど、実は僕、料理だとか家事全般が全然ダメなんだ」
「ああ、そうなんだ……だからこんなにたくさん」
「ずっと実家暮らしだったからね。ちょっと大変だけど、一人だと好きなことが思いきりできるし、楽しいよ」
山下が夏樹のことをじっと見つめながら言う。
顔は笑っているのだが、夏樹のことを見つめる山下の目は、まるで夏樹の一挙手一投足全てを見逃さないとでもいうかのようで、落ち着かない。
「――あの、俺……もう帰るから」
「ちょっと待って。ほんとに送るよ。その、例のこともあるし」
盗聴器騒ぎのことを言っているのだろう。山下が声のトーンを少し落とす。
「ありがとう、山下。本当に大丈夫なんだ。今も送ってもらってる途中だし」
と、夏樹がコンビニの前に停められた車をちらりと見た。
夏樹の視線の先を追った山下の顔が真顔になる。
「――――そうなんだ……一人じゃなかったんだ」
「え? 何?」
「いや、何でもないよ。そういえば専務が送ってくれるって言ってたね」
夏樹が視線を戻すと、無表情だった山下の顔がぱっと笑顔に変わる。
「――うん、せっかくここまで送ってもらったし、あんまり待ってもらうのも悪いから……俺、もう行くよ」
「そうだね、それじゃ気を付けて。また明日」
「じゃあ、また」
そそくさとコンビニを出ていく夏樹の背中を、山下がじっと見送る。その顔から笑顔は剥がれ落ちていた。
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